「みえない僕と、きこえない君と」
「そうじゃないけど、何だか行く気になれな
いんです。帰りが遅くなると、夜目が利かな
くて危ないし……」
「視界が悪いって話なら、俺が送ってやるって。
なんなら、手だって繋いでやるよ。羽柴クンちに
泊めてくれるなら」
冗談半分、本気半分、といった顔で町田さんが
肩に手をのせる。
彼の家は都心から少し離れているので、終電が
なくなるとそのまま僕のアパートに泊まりに
来るのだ。そうして、僕の部屋で飲みなおし
ながら、残念会を始める。
僕は眠い目を擦りながら、明け方まで彼の
愚痴に付き合うことになる。
合コンに参加すると、いつもこのパターンだった。
「送ってくれても駄目です。泊まるなら宿代
取りますよ」
ぴしゃりとそう言ってのけると、町田さんは
諦めたようにため息をつき、残りのベーグルに
かじりついた。
「そっか、残念。ここんところ、何だか元気
ないみたいだからさ。気晴らしになるかなー、
と思ったんだけどね」
そのひと言に、一抹の罪悪感を覚えながら、
空っぽの丼を眺める。
彼は少々フランク過ぎる振舞いから軽薄に
見られがちだが、根は真面目でやさしいのだ。
だからこうして、僕の至極小さな変化にも気付き、
さりげなく気遣ってくれる。
弟を事故で亡くしているからか、僕に障がいが
あることを知っているからか、彼はいつもこうだった。
「叶わないなぁ。町田さんには」
自嘲の笑みを浮かべながら、ため息をつく。
元気がないと言われれば、思い当たる節は一つ
しかなかった。
自転車で彼女にぶつかったあの日から、
ひと月が過ぎようとしていた。
僕は彼女と再会する術を持てないまま、
ただ悪戯に、悶々と、変わらぬ日常を送っていた。
それでも、最初のころはよかった。
もしかしたら、事業所を訪ねて来るかも知れない。
狭い視野の向こうに、彼女の姿が映るかも知れない。
そんな淡い期待に胸を膨らませながら、密かに
事業所の入り口を気にかけるのも、中学のころの
初恋を思い出すようで、楽しかった。
けれど、何も起こらないまま一週間が過ぎ、
二週間が過ぎ、やがて彼女との再会を心待ちに
していた自分の、愚かさに気付いてしまう。
そもそも、僕は彼女に怪我を負わせた加害者だ。
彼女がもう一度会いたいと思うわけがないし、
僕たちはたった一度話しただけの他人だった。
ようやく、自分にそう言い聞かせ、待つことを
やめた僕は、町田さんに気を使わせてしまう
ほど落胆していたらしい。
我ながら、情けない。
僕は自らの稚拙さを反省しつつ、
彼のやさしさに甘えることにした。
「やっぱり行きます。合コン。連れてって
ください」
さっきまでの素っ気ない態度から一転して、
明るくそう言い放った僕に、町田さんが
目を丸くする。
いんです。帰りが遅くなると、夜目が利かな
くて危ないし……」
「視界が悪いって話なら、俺が送ってやるって。
なんなら、手だって繋いでやるよ。羽柴クンちに
泊めてくれるなら」
冗談半分、本気半分、といった顔で町田さんが
肩に手をのせる。
彼の家は都心から少し離れているので、終電が
なくなるとそのまま僕のアパートに泊まりに
来るのだ。そうして、僕の部屋で飲みなおし
ながら、残念会を始める。
僕は眠い目を擦りながら、明け方まで彼の
愚痴に付き合うことになる。
合コンに参加すると、いつもこのパターンだった。
「送ってくれても駄目です。泊まるなら宿代
取りますよ」
ぴしゃりとそう言ってのけると、町田さんは
諦めたようにため息をつき、残りのベーグルに
かじりついた。
「そっか、残念。ここんところ、何だか元気
ないみたいだからさ。気晴らしになるかなー、
と思ったんだけどね」
そのひと言に、一抹の罪悪感を覚えながら、
空っぽの丼を眺める。
彼は少々フランク過ぎる振舞いから軽薄に
見られがちだが、根は真面目でやさしいのだ。
だからこうして、僕の至極小さな変化にも気付き、
さりげなく気遣ってくれる。
弟を事故で亡くしているからか、僕に障がいが
あることを知っているからか、彼はいつもこうだった。
「叶わないなぁ。町田さんには」
自嘲の笑みを浮かべながら、ため息をつく。
元気がないと言われれば、思い当たる節は一つ
しかなかった。
自転車で彼女にぶつかったあの日から、
ひと月が過ぎようとしていた。
僕は彼女と再会する術を持てないまま、
ただ悪戯に、悶々と、変わらぬ日常を送っていた。
それでも、最初のころはよかった。
もしかしたら、事業所を訪ねて来るかも知れない。
狭い視野の向こうに、彼女の姿が映るかも知れない。
そんな淡い期待に胸を膨らませながら、密かに
事業所の入り口を気にかけるのも、中学のころの
初恋を思い出すようで、楽しかった。
けれど、何も起こらないまま一週間が過ぎ、
二週間が過ぎ、やがて彼女との再会を心待ちに
していた自分の、愚かさに気付いてしまう。
そもそも、僕は彼女に怪我を負わせた加害者だ。
彼女がもう一度会いたいと思うわけがないし、
僕たちはたった一度話しただけの他人だった。
ようやく、自分にそう言い聞かせ、待つことを
やめた僕は、町田さんに気を使わせてしまう
ほど落胆していたらしい。
我ながら、情けない。
僕は自らの稚拙さを反省しつつ、
彼のやさしさに甘えることにした。
「やっぱり行きます。合コン。連れてって
ください」
さっきまでの素っ気ない態度から一転して、
明るくそう言い放った僕に、町田さんが
目を丸くする。