「みえない僕と、きこえない君と」
「あ……そう。行く?じゃあ、さっそく

連絡するわ」

最後のひと口を、ぽいっ、と口に放り込むと、

町田さんは携帯を取り出し、「参加決定」の

メールを主催者に送ったのだった。





週明け。

僕は休みの間に届いたメールをチェックするため、

パソコンに向かっていた。丸く欠けた視界の向こう

に見える活字に、目を走らせる。

広告メールはサクッっと削除して、企業や利用者さん

から届いたメールに目を通し、丁寧に返信する。

このところ疲れているからか、なんだか目が霞む

気がする。そういえば、パソコンの液晶パネルから

発せられるブルーライトという青色成分が、網膜に

負担をかけるのだと、何かのテレビ番組で言っていた。

ブルーライトをカットするフィルムがあるらしいから、

自分で買ってきて貼ってみようか?

目頭を指で軽くマッサージしてから、僕はポキポキ

と肩を鳴らした。





結局、先週末の合コンも不発だった。

「ねぇねぇ、それ、ちょっと見せて」

隣に座った女の子が、シャツの胸ポケットに

しまっていたサングラスを、目敏(めざと)く見つけた。

「いいよ」

僕は彼女の手にそれを渡した。

「どう、似合う?」

僕のサングラスをかけ、彼女がにっこりと

笑みを向ける。

「うん、いい感じ」

内心、僕のマストアイテムに触って欲しく

ないな、と思いながらも、笑って頷く。

見えないところにしまっておかなかった、僕が悪い。

そう、反省しながらすっかり温くなったビール

に口をつけていると、その彼女が僕の肩を突いた。

「このサングラス、度が入ってる?ちょっと

歪んで見える」

「うん、入ってるよ。そんなに強くはないけどね。

僕は目の病気があって、外を歩くときはいつも

それをかけて歩くから」

「病気って、遠視とか、乱視とか?」

屈託のない笑顔のままで、彼女が僕の顔を覗く。

どうしようかな、と、一瞬だけ考えて、本当の

ことを言った。

「違うよ。少しずつ視野が狭くなる病気。

視覚障がいなんだ」

あえて、難しい病名は口にしなかったけれど、

彼女の笑みが僅かに硬くなったのだけは、わかった。

「そっか。色んな病気があるんだねぇ。大変だ」

かけていたサングラスを外し、僕の手に戻す。

それからも、彼女は僕の隣から動くことはなかった

けれど、別れ際、町田さんの友人と連絡先を

交換していたところをみると、僕は彼女の

お眼鏡に叶わなかったらしい。




「ま、別にいいんだけどね……」

ぼそりとそう呟いて、メールの受信ボックス

に目を向ける。未読メールはあと3通ある。

そのうちの1通のメールを開き、僕は瞬きをした。

新規利用者さんの、問い合わせだろうか。

件名は「届きましたか?」のひと言。

差出人は【市原弥凪】とある。
< 12 / 111 >

この作品をシェア

pagetop