「みえない僕と、きこえない君と」
両手の4本指を甲側で合わせ、ゆっくり左右に離す。
そのまま、両手で拳を握って肘を張り、2度下へ
押すようにして見せる。
(久しぶり。元気だった?)
簡単な手話の挨拶だ。にこりと笑って頷くと、
彼女も(元気)、と同じ仕草をして見せた。
僕はさっそく筆談用の紙を取り出し、彼女に
ペンを渡した。残念だが、ここからは筆談となる。
あらかじめ、仕事を辞めた経緯はメールで
聞いておいたから、今日は彼女の希望を聞き
ながら個別指導カリキュラムを作成する予定だ。
以前は人事部の事務補助として月末提出書類の
作成や、データ入力、資料の仕分けなどを
やっていたので、基本的なパソコンスキルは
身についている。退職前に有給消化で2週間
休めるということだから、カリキュラムに
よっては明日から通所することも可能だけれど……
まずは、彼女がどんな職場を探していて、どんな
ことを身に付けたいのか。僕はひとつひとつ、
希望を聞いていくことにした。
(次はどんな仕事をしてみたいとか、具体的な
希望はある?)
ペンを紙に走らせ、顔を覗き込む。
彼女は小首を傾げ、数秒考えて頷いた。
(絵を描くのが好きなので、そういうのを
活かせる仕事に就きたいです。中学、高校は
美術部に所属していたので)
へぇ~、と、感心したように2度頷く。
僕は芸術面がからきしだから、絵を描くのが
得意と聞いただけで、ひたすら尊敬してしまう。
高校の時、全国書道コンクールで入選した
ことはあるけれど……
そのことを伝えると、僕の字を覗き込んで
彼女は微妙な笑顔を見せたのだった。
(じゃあ、イラストレーターやフォトショップ
を身に付けて、制作関係の仕事を探してみると
いいかも知れないね。クリエイター能力認定試験
を受けるつもりで、パソコン研修を入れようか)
そう言うと、彼女は少し緊張した面持ちで頭を
下げた。
その他にも、安心して長く働ける職場を探したい
とか、口話が苦手なのでコミュニケーションは
筆談をメインにしてもらいたいとか、彼女の希望
を拾い上げてゆく。
安心して働ける、というのは、福利厚生などの面
ではなく、主に人間関係や職場の雰囲気を指して
言っているようなので、実習先にそのまま就職
できない企業実習よりも、企業側の試験雇用を
活かしたトライアル雇用で彼女が納得できる
仕事先を見つけた方がいいかも知れない。
そんなことを念頭に置きながらカリキュラムを
作成し、その後は筆談用の小さなホワイトボードを
片手に事業所内を一通り案内して歩いた。
僕の話を聞きながら指導の様子を眺める彼女の
横顔は真剣そのもので、必ず希望に合った仕事先
を見つけてあげよう、と、僕は密やかに誓っていた。
そのまま、両手で拳を握って肘を張り、2度下へ
押すようにして見せる。
(久しぶり。元気だった?)
簡単な手話の挨拶だ。にこりと笑って頷くと、
彼女も(元気)、と同じ仕草をして見せた。
僕はさっそく筆談用の紙を取り出し、彼女に
ペンを渡した。残念だが、ここからは筆談となる。
あらかじめ、仕事を辞めた経緯はメールで
聞いておいたから、今日は彼女の希望を聞き
ながら個別指導カリキュラムを作成する予定だ。
以前は人事部の事務補助として月末提出書類の
作成や、データ入力、資料の仕分けなどを
やっていたので、基本的なパソコンスキルは
身についている。退職前に有給消化で2週間
休めるということだから、カリキュラムに
よっては明日から通所することも可能だけれど……
まずは、彼女がどんな職場を探していて、どんな
ことを身に付けたいのか。僕はひとつひとつ、
希望を聞いていくことにした。
(次はどんな仕事をしてみたいとか、具体的な
希望はある?)
ペンを紙に走らせ、顔を覗き込む。
彼女は小首を傾げ、数秒考えて頷いた。
(絵を描くのが好きなので、そういうのを
活かせる仕事に就きたいです。中学、高校は
美術部に所属していたので)
へぇ~、と、感心したように2度頷く。
僕は芸術面がからきしだから、絵を描くのが
得意と聞いただけで、ひたすら尊敬してしまう。
高校の時、全国書道コンクールで入選した
ことはあるけれど……
そのことを伝えると、僕の字を覗き込んで
彼女は微妙な笑顔を見せたのだった。
(じゃあ、イラストレーターやフォトショップ
を身に付けて、制作関係の仕事を探してみると
いいかも知れないね。クリエイター能力認定試験
を受けるつもりで、パソコン研修を入れようか)
そう言うと、彼女は少し緊張した面持ちで頭を
下げた。
その他にも、安心して長く働ける職場を探したい
とか、口話が苦手なのでコミュニケーションは
筆談をメインにしてもらいたいとか、彼女の希望
を拾い上げてゆく。
安心して働ける、というのは、福利厚生などの面
ではなく、主に人間関係や職場の雰囲気を指して
言っているようなので、実習先にそのまま就職
できない企業実習よりも、企業側の試験雇用を
活かしたトライアル雇用で彼女が納得できる
仕事先を見つけた方がいいかも知れない。
そんなことを念頭に置きながらカリキュラムを
作成し、その後は筆談用の小さなホワイトボードを
片手に事業所内を一通り案内して歩いた。
僕の話を聞きながら指導の様子を眺める彼女の
横顔は真剣そのもので、必ず希望に合った仕事先
を見つけてあげよう、と、僕は密やかに誓っていた。