「みえない僕と、きこえない君と」
ぎこちなく指文字で話し、ぎこちなく笑って見せた

僕に、二人が目を丸くする。

そうして、顔を見合わせると、二人してクスクスと

笑い出した。

あれ、どこか可笑しかったかな?

彼女たちの反応に戸惑っていると、長山さんが

笑んだまま僕を向いた。

そうして、僕よりも数倍速い速度で、指文字を

使って話し出した。

(指文字覚えたのね。ちゃんと出来てるよ。

でも、どうして急に?)

滑らかに動く彼女の手を、じっと凝視して

読み取った僕は、指文字の難しさとは別の

ところで困り、答えに窮してしまう。

(……もっと、利用者さんと、話せるように、

覚えようと思いまして)

(いま、このタイミングで?わたしは

3カ月も前からいるのよ)

ふうん、と、わざとらしく頷きながら、

隣りの彼女に視線を流す。

その眼差しは、明らかに僕たちを冷やかして

いるもので、彼女は頬を染めて俯いてしまった。

僕は、ガリガリと頭を掻く。

否定することも、肯定することも出来ないのは、

困る。

二人の顔を交互に見ると、長山さんはひらひら、

と顔の前で手を振った。

(おばさんが、若い子を揶揄うもんじゃないわね。

わたしは先に帰るわ。後はどうぞ、若いお二人で)

まるで、「お見合いおばさん」のようなことを

言うと、さっさとその場を去ってしまった。

残された僕たちは顔を見合わせ、そして、

どちらともなく笑みを零した。

最初に、沈黙を破ってくれたのは、彼女だった。

(ありがとう、指文字。とても、嬉しいです)

細く白い指でキレイに文字を形作り、言葉を

伝えてくれる。

僕はもう、彼女のために覚えた指文字である

ことを否定することなく、頷いた。

(手話も覚えようと思ってるんだけど、難しくて

時間がかかりそうだから、先に指文字と思って)

相変わらず、覚えたての指文字はぎこちなく、

時々、考えながら手を止めることもあったけれど、

彼女は温かく拙い指文字を見守ってくれた。

(手話も、覚えるんですか?本当に?)

(本当だよ。いまも、少しは使えるけど、ちゃんと

会話が通じるぐらい、勉強しようと思ってる)

大真面目な顔でそう言うと、彼女は嬉しそうに

頷いた。

(ありがとう。手話で話せるの、楽しみです)

そう言って白い歯を見せた彼女の顔は、

初めて会ったあの日、自分たちは“仲間”だと

僕に告げたそれと、同じものだった。





「で、どうなの。

そろそろ、くっつきそうな感じなの?」



-----積もる話は、そのうち。



という言葉通り、「飯食いに行かない?」の

ひと言で、呼び出された僕は、せっかくの休日に

町田さんと顔を突き合わせていた。

「うまいカレー屋知ってるから」

そのひと言に釣られたのもあるけれど………

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