「みえない僕と、きこえない君と」
合コン以外で、彼と職場の外で会うのは初めてだ。

連れてこられたカレー屋は、よくある本格インド

カレーの名店ではなく、デミグラスソースの

ような濃厚な味わいが自慢のカレー専門店だった。

お値段は高めな気がするが、大皿にこんもりと

盛られたライスを覆うように、濃厚なカレールー

がたっぷりとよそられている。

僕が注文したのはカツレツカリーだけど、

単品で注文したフライドポテトと唐揚げも、

カレーの中を泳いでいる。

ほぅ、と、ため息が出るほど、幸せな光景だった。 

オリジナルカツレツカリーと化したその逸品を

頬張りながら、僕は白々しく、質問に、

質問で返した。

「くっつくって、何がですか?」

「だから、難聴コースの市原さん。

いい雰囲気じゃん」

そんなことわざわざ言わせるな、と言いたそうに

顔を顰める。

呼び出された僕は、席につくなり、彼女との

出会いから再会までを、委細(いさい)漏らさずしゃべら

されたのだ。

僕は、ごっくん、と口の中のカツを飲み込んで、

口を尖らせた。

「そんなの、まだわかりませんよ。ぜんぜん。

彼女は僕のこと、“障がい繋がりの仲良し”

くらいにしか、思ってないかも知れないし」

「おっ、自分の気持ちは認めたね。俺の見る限り、

向こうにも気があるように見えるけど、なんで

そんな及び腰なの?」

「……………」

その質問に、僕はスプーンを持つ手を止めてしまった。

もしかしたら、と、そんな淡い期待がない

わけでもなかった。

彼女とはよく目が合うし、僕が顔を見に行けない

日などは、帰りがけに彼女の方から挨拶をしに

来てくれたことだってある。

指文字を覚えたことも、手話を覚えようとして

いることも、そうと聞いた彼女は嬉しそうに

“ありがとう”と、笑ってくれた。

あの笑顔が社交辞令だというなら、それは

僕の思い込みで、自惚れで、恥ずかしい限り

だけれど……

もし、勘違いじゃなかったとしても、僕には

そのことを手放しで喜べない理由がある。



-----僕はどこにでもいる、普通の男じゃない。



いつか、光を失うかもしれない“障がい”を

持っているのだ。

そんな僕が、耳が聞こえない彼女の側にいて、

いいのだろうか?

僕の障がいが、いつか彼女の負担になって

しまったら……

そう思い至れば、心を彼女でいっぱいにしている

自分が滑稽に思えてしまう。

せめて、どちらかが健常者なら、なんて、どうにも

ならないことを一人で考えてしまう夜もあった。

僕はじわじわと心に広がる影を振り払うように、

首を振った。

そうして、かなり強引に話の矛先を変えた。
< 19 / 111 >

この作品をシェア

pagetop