「みえない僕と、きこえない君と」
「もう、僕の話はいいじゃないですか。そんな

ことより、町田さん、自転車要りませんか?」

唐突に、何の脈絡もなく、「自転車要るか?」と

聞かれた彼は、さっきの僕と同じように、

チキンカリーを食べていた手を止めた。

「……自転車?どうして」

「もう乗らないことにしたんです。また、誰かに

怪我させたら大変だし。でも、乗らないまま放って

おくと、ダメになっちゃうと思うんですよね。

カバーかけておいても、劣化しちゃうというか」

僕は、彼の表情が少し硬いものに変わった

ことに気付かぬまま、カレーに浸かっていた

唐揚げを口に入れた。

「……ごめん。俺、自転車乗れないんだわ」

「え?」

予想していなかった彼の返答に、唐揚げを

飲み込み損ねる。

「乗れないって……自転車に、ですか?」

「そう」

「町田さん、車は運転しますよね」

「するよ」

「……………」

口をつけていなかったお冷を飲みながら、

町田さんは息をつく。

その表情を見て、ようやく、彼の様子がいつもと

違っていることに気付いた。

「前にさ、弟を事故で亡くしたって言ったじゃない?」

「……はい」

「その事故、自転車乗ってる時だったんだよね。

学校帰りに、車に()かれちゃってさ。

もし生きてれば、羽柴クンと同い年。で、生きて

れば羽柴クンと同じ大学行ってたかも知れない

くらい、優秀だったのよ、あいつ」

彼の、こんな寂しそうな声を聞くのは、初めてだった。

俯いたままで、ぽつり、ぽつり、とそう語る彼に、

僕はかけるべき言葉が見つからない。

無理やり飲み込んだ唐揚げが、喉を押し広げて

胸が苦しい。

「あの時は本当にショックでさ。あいつが乗ってた

自転車が、ぐじゃぐじゃになってるの見て……

それ以来、怖くて乗れないんだわ」

そう言ってまたため息をつくと、町田さんは、

スプーンを口に運んだ。

「すみません。僕、余計なこと言っちゃって……」

何も知らなかったとはいえ、こんな風に、彼が

辛くなるようなことを言ってしまった罪悪感で、

顔を見られない。けれど彼は、暗い空気を払拭する

ように、ははっ、と笑って首を振った。

「いや。俺こそ、いきなり重い話ししちゃって、

悪かったね。実は、ずっと羽柴クンにこのこと

打ち明けたい気持ちもあったんだよね。弟の面影と

被るっていうか、弟の分まで幸せに生きて欲しいな、

とか、思ったりしてさ」

照れ臭そうに笑いながら鼻の下を擦る。

僕は、ぐっ、と熱いものが喉に込み上げてきて

しまって、少し困った。

「これ、食べてください」

突然、町田さんの皿に、唐揚げとカツレツを

一切れのせる。やっと半分にまで減った彼の

チキンカリーが、ボリューミーになる。

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