「みえない僕と、きこえない君と」
駅までの道のりは、高架下沿いにまっすぐ

歩いて15分ほどだった。

初秋のやわらかな風の中を、のんびり歩くのは

心地よく、道行く人も少ないので、少し狭い

歩道でも肩を並べて歩くことが出来る。
 
僕は、肩幅よりも少しだけ広く白い杖を振り

ながら、器用に歩く石神さんを見た。

完全に視力を失う前に、「中途失明訓練学校」に

通い、歩行訓練を受けたのだそうだ。

彼はすでに光を失ってはいるが、健常者と

ほとんど変わらぬ生活を送っていた。

慣れない場所へ行く時はガイドを利用すること

もあるが、普段は白い杖と点字ブロックを頼りに、

一人で外出しているし、点字はもちろん、視覚

障がい者用のパソコンを身に付け、仕事もしている。

彼の奥さんは健常者だけれど、日常生活で彼女を

頼ることも少ないのだと、以前話してくれたこと

があった。



-----彼の姿に、未来の自分の姿を重ねてみる。



すると、案外、僕の未来は、いまとそれほど

変わらないんじゃないだろうか、と、思えてくる。

だから、彼に会うと僕は元気になれるのだ。



-----大丈夫。僕はやっていける。



そう思いたくて、僕がこの会に参加している

ことは、彼にも内緒だった。





けれど、今日はそれ以外にも目的があった。

彼に相談したいことがあるのだ。こんなことを

相談したら、彼を困らせてしまうかも知れない

けれど……

僕は、「自転車に乗るのをやめた」という話の

くだりから、彼女に出会い、密かに想いを寄せて

いることを、打ち明けたのだった。

「いやいや、この年になって恋バナをすることに

なろうとは。本当に、人生は予測不能なことばかり

ですな」

ゆっくり歩きながら、石神さんが可笑しそうに

肩を揺する。その横顔は、僕を揶揄うようなもの

ではなく、心底、愉しんでいるような顔だ。

僕は厚かましくも、自分の恋の参考にと、彼と

奥さんの馴れ初めまで聞き出したのに、彼は

嫌な顔一つせず、語ってくれた。

「すみません、突然、こんな話を振ってしまって。

でも、石神さん以外に相談できる人がいなくて。

どちらかが健常者なら、ここまで悩まなかったと

思うんですけど……」

ガリガリと頭を掻きながら俯くと、僕は立ち

止まった。のんびり歩いたつもりだったが、

駅についてしまったのだ。

駅前広場には大きな噴水があり、その周辺を囲む

ようにバスターミナルがある。

道行く人は帰路を急いでいるのか、どんどん

エスカレーターに吸い込まれてゆく。
 
僕たちは人波を避けるように、駅舎の壁に身を寄せた。
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