「みえない僕と、きこえない君と」


-----件名は(リクエスト)だった。



ご都合がよければ、今週の土曜日にしませんか?

お天気がいいので、総合公園の中を散歩しなが

ら、コッペパンを食べるのはどうでしょう?

あの公園に来る、移動販売のコッペパンは

やわらかくて美味しいです。




「総合公園で、コッペパンか……うん。いいなぁ」

そう呟きながら、青空の下、豊かな木々に囲まれ

た園内を並んで歩く二人の姿を想像し、無意識に

頬を緩ませた。

最寄駅から2駅先にある総合公園は、5ヘクター

ルにも及ぶ広大な芝生地や、遊具で子供たちが

遊べる光の広場、陸上競技場やテニスコートなど、

さまざまな施設を兼ね備えた都市公園だ。

春はサクラや木蓮、秋はイチョウ並木を始めと

した色とりどりの紅葉が楽しめる。

いまの時期だと紅葉はまだ早いけれど、レジャー

シートを持って行って芝生でのんびりするのもいい

し、公園内を散歩しながら、お腹が空いたら

ベンチでコッペパンを食べるのもいい。

下手にお洒落な店を探して入るよりも、よほど

開放的で、気兼ねなく喋れるかも知れない。

僕は彼女の提案に二つ返事をし、当日は11時に

家まで迎えに行くことを約束した。

そして、(おやすみなさい)と、メールの最後に

添える。時計を見れば、時刻は深夜と言える時間

だった。すぐにメールの着信音が鳴って、

(おやすみなさい、また明日)と、彼女から

返事が来た。




僕は携帯を閉じ、ゴロンとベッドに横になった。

見慣れた天井を眺めながら、ぼんやりと考える。

もし、携帯というものがなかったら、僕たちは

どうやって連絡を取り合ったのだろうか、と。

携帯が普及したのはほんの数年前で、僕が持ち

始めてからまだ1年も経っていない。

もちろん、部屋に電話は引いてあるけれど、

FAXはないし彼女は電話で話すことが出来ない。

となると………手紙?

それも、返事を待つ楽しさがありそうだけど、

時間がかかりすぎて約束をするための手段として

は、役に立たないだろう。

「文明の利器に、感謝だな……」

そう呟いて瞼を閉じると、あっという間に

眠りに落ちてしまった。




------当日は、予報通りの秋晴れだった。



僕はいつもより念入りに髪を整え、サングラス

をかけると、パシッと両手で頬を挟み、鏡の中の

自分に喝を入れた。

今日の帰りがけ、タイミングを見計らって、

彼女に告白するつもりなのだ。

うまくいけば天国。

ダメなら週明けから彼女と顔を合わせるたびに、

地獄。結果は神のみぞ知る、だ。

僕はベージュのパーカーを羽織ると、少し早めに

家を出た。
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