「みえない僕と、きこえない君と」
(喜んでもらえてよかった。5つも食べられるの

か心配してたけど、その様子なら大丈夫ですね。

というか、足りますか?)

くすくす、と肩を揺らしながら、携帯に文字を

綴って見せる。彼女の白身魚も、タルタルが

たっぷりかかっていて、美味しそうだ。

一口味見したいな、などという考えが頭を

擡げたけれど、さすがにそれは言えなかった。

僕たちは広い芝生を眺めながら、時々、言葉を

交わしながら、コッペパンを食べた。

最後に、デザート代わりに食べたきな粉あげパン

は、小学校のころに給食で食べたものより数倍

美味しくて、次に来た時も必ず注文しようと、

心に誓った。

5つのコッペパンを完食し、少し温くなった

アイスコーヒーを喉に流し込む。

彼女も黒蜜きな粉を完食して、ほうじ茶で喉を

潤していた。



さわ、と吹いた風が彼女の髪を揺らして、左耳の

補聴器を僕に見せる。

ふと、あることが気になって、僕は彼女に訊いた。

それは、朝から気になっていたことだった。

(もしかして、指文字話しづらい?)

そう言いながらも、ぎこちなく指を動かして見せる。

せっかく覚えたのだから、有効に使って彼女と

話したいと思っているのだけれど、彼女は圧倒的

に、手話や指文字よりも携帯に文字を打つことの

方が多かった。

一瞬、彼女の目が逸らされて、不安になる。

そしてやはり、彼女は携帯を手に取り、文字を

打った。

(ぜんぜん、そんなことないです。羽柴さん、

指文字ちゃんと出来てるし、手話も上手です。

でも、慣れない指文字で話すの疲れるだろうし、

周囲の人から変な目で見られるの、気になるん

じゃないかと思って)

小首を傾げるように、彼女がまた視線を泳がせる。



-----ああ、だからか。



僕は朝からの、彼女の様子に合点がいって、

小さく息をついた。

彼女は、自分と手話や指文字を使って話す僕が、

好奇の目に晒されるのではないかと、気にかけて

いたのだ。だから、意識して携帯を使っていた。

確かに、時折、ちらほらと、視線を感じることは

あったのだけど……

僕は小さく首を振って、彼女を見た。

(人の目なんか気にならないよ。まったくね。

僕は手話でも、指文字でも、何でも、市原さん

としゃべれるなら嬉しいし、早く上手に手話を

使えるようになりたいと思って、毎日勉強して

るんだから。だから、気にせず話そうよ)

そう携帯に綴った文章を見せると、彼女は

少しだけ頬を染め、白い歯を見せた。

(ありがとう、嬉しいです。羽柴さん、

やさしいですね)

僕にわかるように、簡単な言葉を選んで、

手話で話してくれる。

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