「みえない僕と、きこえない君と」
僕はガリガリと頭を掻きながら、「そうかな」

と、首を傾げて見せた。



それからは、二人で色んなことを話した。

彼女の手話は、お母さんが教えてくれたこと。

手話を話せる、咲ちゃんという親友がいること。

僕は暗闇で目が見えにくいこと。

事業所の町田さんとは仲良し(?)だということ。

そして、病気がわかってからいままで、少しずつ

視野が狭くなっていること。

それらは、やはり、ほとんどが携帯でのやり取り

になってしまったけれど、時々、彼女は手話を

交えて話してくれるようになったし、僕の障がい

のことを知ろうとする気持ちも伝わってきて、

嬉しかった。

(いまは、どれくらいの範囲が見えてるんですか?)

少し躊躇いがちに彼女が僕の顔を覗く。

僕は、「そうだなぁ」と呟きながら、両手で顔の

前に円を作り、筒を覗くようにして見える世界を

表現した。

「これくらいかな」

バレーボールの大きさよりも少し狭くなった視界

の向こうで、子供たちが手を繋ぎ、輪になってい

る。僕の場合、周辺から中心に向かって視野が

狭くなるタイプの症状だけれど、中心部の視野が

欠けてしまう人もいるらしい。

正常な人の視野が100度なら、僕の視野は

40度くらい。進行が遅い分、検査も年に一度

だから、いまはもう少し進んでいるかも知れない

けれど……

ふと、隣を見ると、彼女も僕と同じように手で

円を作り、僕と同じ世界を覗いていたので、

可笑しくて笑ってしまった。

ぷっ、と吹き出した僕に気付き、彼女が筒を覗い

たままで僕を向く。

筒の向こうで照れたようにはにかんだ顔が、

可愛くて、可愛くて、僕は思わず「好きだ」と

言ってしまいたくなる衝動を抑えるのに、

苦心した。




(少し、歩こうか)

食べ終えたゴミをまとめたビニール袋を手にする

と、立ち上がった。

陽が落ちてきて少し肌寒くなってきたし、この

まま彼女を見ていたら、1秒ごとに愛おしく

なってしまいそうだ。

帰るにはまだ早いし、園内をぐるりと散歩して

歩けば、まだ青いイチョウ並木もキレイだろう。

長い時間座っていたので、両手を空高く上げて

伸びをすると、目の前の歩道を、手を繋いだ恋人

たちがのんびりと通り過ぎた。

ちら、と、その後ろ姿を目で追ってしまう。

僕も彼女の手を握りたいけれど……

隣に立った彼女が、屈託のない笑顔を僕に向け

ているので、断念した。

それから僕たちは、巨大遊具で遊ぶ子供たちを

眺めながら、噴水広場を抜け、最後にイチョウ

並木を歩いて公園を後にした。





最寄り駅に着くと、少し前に降り出した雨が、

アスファルトを濡らしていた。



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