「みえない僕と、きこえない君と」
だから僕も、子供のころは焼きそばとお好み焼き

のどちらを食べるかよく迷ったことや、友達と

くじ引きを引いて、1等の特大ウォーターガンを

当てたことなど、遠い日の思い出を書き綴り、

そんなやり取りをしているうちに行き来した

メールは10通以上にもなった。

(じゃあ、おやすみなさい)と、どちらともなく

メールを終わらせて、部屋の灯りを消す。

ベッドに寝転がってメールを読み返せば、

無意識に口元が綻んで仕方ない。

「秋祭りに花火か。楽しみだな……」

まだ、祭りは一週間も先だし、どうやって

彼女に気持ちを伝えるかも考えていなかった

けれど……

いまは二度目のデートの約束が出来ただけで、

嬉しい。

僕は携帯を枕元に置き、目を閉じると、瞼の裏

に彼女の浴衣姿を思い浮かべながら、眠りに

ついた。




それから、祭りまでの一週間はあっという間

だった。

日々の業務自体はいつもと何ら変わらなくとも、

彼女との約束があるだけで日曜が待ち遠しく、

仕事の手が捗る。事業所の廊下で、指導が

始まる前の教室で、彼女とは毎日顔を合わせた

が、小さな秘密を共有しているからか、笑みを

交わすたびに胸は温かかった。



-----そうして迎えた秋祭り当日。



焼けた夕刻の風に髪を預けながら、彼女を家まで

迎えに行くと、玄関から出てきた彼女の姿は

想像と少し違った。

水色のスウェットワンピースに爽やかな白の

デニムパンツを合わせ、小さなカゴバックを

肩から(たすき)掛けにしている。

祭りと言えば浴衣姿、と勝手に思い込んでいた

けれど、白と水色の清楚な色合わせがとても

よく似合っていた。

(可愛いね)
 
僕の前へとやってきた彼女に、思ったままを

手話で伝えると、彼女は瞬く間に頬を染め、

俯いてしまった。

照れた横顔も可愛いかったが、言ってしまって

から恥ずかしくなって、僕もガリガリと頭を

掻く。

(行こうか)

顔を覗き込んでそう言うと、彼女はほんのりと

頬を染めたままで、頷いた。




最寄り駅から大通りへと続く坂道を上り、

さらに左折して細い裏路地の坂道を上がって

ゆくと、小高い住宅街の一角に木々に囲まれた

神社がある。

氷天神社は昔からあるこじんまりとした神社

だが、最近ではパワースポットとしても知られ、

元旦ともなると沢山の人が参拝に訪れるよう

だった。今日は秋祭りとあって神社に足を運ぶ

人が多く、僕たちの横を楽しそうに駆け抜ける

子供たちの背中が微笑ましい。

「何だか懐かしいな」

この神社に来るのは初めてなのに、なぜか、

子供のころの自分が小さな背中に重なって見え

て、僕は無意識に呟いた。彼女が僕を見上げる。

その視線に気付いて笑みを返すと、僕たちは

坂道を上り、神社へと足を踏み入れた。
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