「みえない僕と、きこえない君と」
(ありがとう)

僕は彼女の手からそれを受け取ると、大きな

口を開けてかじりついた。

ビールでさっぱりした口の中に、フランク

フルトのジューシーな味わいが広がる。

やっぱり、ビールとウインナーの組み合わせ

は最高だよな。と、ひとりそんなことを思い

ながらあっという間に完食した僕は、不意に

ぎこちなく目を逸らした彼女に気付いた。

あれ、どうしたんだろう?もしかして……

(ごめん、食べたかった?)

ゆっくりと唇を動かしてそう聞くと、彼女は

ふるふると首を振った。そして、ちら、と

串だけになったそれを見る。彼女の視線を

辿った僕と目が合うと、恥ずかしそうに

はにかんで、小首を傾げた。



-----もしかして、間接キスを意識している?



僕は彼女の様子からそう察して、ゆるやかに

笑んだ。

いまさら……僕たちはキスだってしている

のに、とも思ったけれど、そんな小さなこと

を彼女が意識してくれているのだと思うと、

何だか嬉しい。

僕は食べ終えたフランクフルトの皿を石段

に置き、おでんの器を手に取った。

焼きそばの箸もあるし、温かいうちに二人で

食べた方がいいだろう。

(冷めないうちに食べようか)

箸を渡しながらそう言うと、彼女は頷いて

パチリと僕の分の箸を割った。

そして、自分も箸を割り大根に箸をつける。

均等に、大根を半分に割っている彼女を

他所に、おでんの中のウインナーを半分

食べた僕は、残りの半分を照れたように

笑った彼女の口に入れたのだった。






おでん、ビール、焼きそば、フランクフルトを

完食した僕たちは、(次はどうしようか?)と、

相談しながら境内を歩き始めた。

思いのほか、ビールでお腹が膨らんでしまった

らしく、彼女はもう食べられない、と言いたげに

お腹を擦っている。僕もあとはタコ焼きを食べら

れれば思い残すことはないかな、と、そんなこと

を考えながら彼女の隣を歩いていた時だった。

「…っ、わっ!」

僕は参道の縁に躓き、側を歩いていたおじさん

にぶつかった。

ドン、と肩が当たってしまい、おじさんが顔を

顰める。幸い、手にしていた焼きそばを落とす

ことはなかったけれど……

「すみません!大丈夫ですか?」

咄嗟に謝った僕を、キッ、とおじさんが睨みつけた。

そして、何も言わずにふい、と顔を背けると、

そのまま行ってしまった。

僕は肩を竦めながらその背中を見送ると、

彼女を向いた。あはは、と渇いた笑いを漏らす。

境内はテントの灯りで明るかったけれど、視野の

悪い僕が躓くのはよくあることで、カッコ悪い

ところを見られてしまったのが、恥ずかしかった。

< 41 / 111 >

この作品をシェア

pagetop