「みえない僕と、きこえない君と」
人混みを抜け、駐車場へ出ると、テントの灯りが

届かないその場所は視界が悪かった。1本の街灯

がぼんやりと辺りを照らしてはいるが、夜目の

効かない僕にはかなり暗く見えてしまう。

じゃり、と、駐車場に敷き詰められた砂利の音

を聞きながら、僕は駐車場の脇にある筈の倉庫

を探した。

町田さんの話では、倉庫と木々の隙間を抜ける

と、眼下に街を見下ろせる場所があるらしい。

そのことを彼女にも伝えると、彼女は、すっ、

と黒い建物を指差し、僕の手を引いて歩き

始めた。

「ほんとにあった」

彼女に手を引かれながら、(ひと)二人が

やっと通れるくらいの隙間を抜けると、

茂みの中に、やはり、人二人がやっと立てる

くらいのスペースがあった。

彼女と肩を並べ、石造りの手摺(てす)りの下を

覗く。僕たちが上がって来た坂道を、幾人かの

人影が下ってゆくのが見える。

僕は小さく霞んで見える街灯りの上に広がる、

真っ暗な空を見やった。

時刻は8時を過ぎている。花火はどの辺りに

上がるのだろうか?

「どの辺りかな?」

きょろきょろと空を見上げながらそう言った、

その時だった。

ヒューー、と竹笛のような音がしたかと思う

と、ドォーーンと夜空の向こうに大きな花火

が散った。

「始まった!!」

僕は丸く削れた視界の向こうに広がる、眩い

光の輪に声を上げた。

彼女も手を叩きながら、嬉しそうに空を見上

げる。

すーっ、と黄色い光が尾を引いて放射状に

飛び散ったり、赤と黄色の光が、ぱっと

牡丹の花のように咲いたり、シュルシュル

と音を鳴らしながら、夜空を回転する花火

も見える。頭上で広がる花火に比べれば

迫力は劣るけれど、風にのって聞こえる

音も風情があったし、何より、人混みを

避けて静かに観賞できるのはとても贅沢だった。

僕たちは、しばらくの間、秋の夜空に

広がるキレイな花火に見惚れた。そして

時折、互いを向き、笑みを交わした。





次第に、トクリトクリ、と、胸の鼓動が

大きくなってゆく。

この花火が終わってしまう前に伝えよう。

そう思えば、いつ切り出そうか、どう伝え

ようか、そんな思いばかりが頭を擡げてしまう。

この場所は花火を眺めるには最適だが、

暗すぎて手話も指文字もよく見えない。

携帯に文字を打つ手もあるが、何となく

活字ではなく、生の言葉を伝えたかった。

僕はひとつ呼吸をして息を整えると、

彼女の手を握った。

彼女がこちらを向く。僕は彼女の指を広げ、

手の平に文字を書いた。

(すきだよ)

ゆっくりと平仮名でそう綴ると、彼女は

数秒考えたのち、弾かれたように顔を上げた。

僕は手を握ったままで、言葉を続ける。

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