「みえない僕と、きこえない君と」
例えば、「会う」や「合う」などの同音異義語も
手話での表現は変わる。
人に対して使う「会う」の手話は、両方の人差し
指を立て(指文字の「ひ」や、1という数字の
形)、胸の前で近づける。
一方、物事に対して使う「合う」は、同じく、
人差し指を立てた両手を、上から下に重ねる
ように指を触れさせる。
本来、指文字は手話と組み合わせて使うのが
一般的で、50音の他に数字表現にも使われる
のだが、覚えれば覚えるほど、同じ指の形が
別の意味としても使われることがわかり、
会話のニュアンスによって使い分けるのが
難しそうだった。
「よし、やるか」
僕はポキポキと指を鳴らしながら、弥凪先生
の隣に立った。ホワイトボードにはずらりと
単語が並んでおり、すでに覚えた言葉には
丸印がしてある。
単語もあいうえお順で覚えているから、
今日は「す行」からだ。まずは復習がてら、
昨日覚えた単語を弥凪にやって見せた。
スイーツ、水上、水深、水平線、睡眠……etc。
「す」から始まる単語を手話で表してゆく。
途中、「あれ、こうだっけ?」と、水平線で
首を傾げた僕に、弥凪は(当たり)と手話で
言いながら、褒めてくれたのだった。
そして今日覚える単語は、水面、スイレン、
数日などの10個。それらを、弥凪先生の実演
を見ながら真似をして覚えていく。
受験勉強でもそうだが、何かを覚えるときは、
その言葉を声に出した方が視覚と聴覚の両方
から情報を得ることになるので、記憶に残りや
すい。僕は手話を真似るときには必ず声に出し
て覚えていた。
(じゃあ、次)
弥凪がホワイトボードを指差し、少し頬を
緩める。
-----次の言葉は「好き」、だ。
僕も彼女と同じように、その文字を見て
はにかんだ。彼女はマーカーを手にすると、
「好き」の単語の横に他の意味も書き
加えた。どうやら、他にも「欲しい」や
「望む」、という意味があるらしい。
僕は弥凪のお手本に倣い、その手話を
彼女に向けた。
親指と人差し指を開いて顎にあて、その手を
斜め前に出しながら指を合わせる。
「好き」、「欲しい」。
恋人たちには欠かせない、愛の言葉だ。
僕はその手話に、もう一語を添えて弥凪に
伝えた。
「あなたが、好き」
彼女を指差して、顎から二本の指を合わせる。
「あなたが、欲しい」
僕は声に出しながら覚えたての手話を、
繰り返した。
弥凪の頬が赤く染まる。僕が「好きだ」と
口にするのは、あの花火の夜以来だ。
僕は恥じらいながら、(わたしも)と、
手話でそう言った弥凪の首筋に手を伸ばし、
引き寄せた。
手話での表現は変わる。
人に対して使う「会う」の手話は、両方の人差し
指を立て(指文字の「ひ」や、1という数字の
形)、胸の前で近づける。
一方、物事に対して使う「合う」は、同じく、
人差し指を立てた両手を、上から下に重ねる
ように指を触れさせる。
本来、指文字は手話と組み合わせて使うのが
一般的で、50音の他に数字表現にも使われる
のだが、覚えれば覚えるほど、同じ指の形が
別の意味としても使われることがわかり、
会話のニュアンスによって使い分けるのが
難しそうだった。
「よし、やるか」
僕はポキポキと指を鳴らしながら、弥凪先生
の隣に立った。ホワイトボードにはずらりと
単語が並んでおり、すでに覚えた言葉には
丸印がしてある。
単語もあいうえお順で覚えているから、
今日は「す行」からだ。まずは復習がてら、
昨日覚えた単語を弥凪にやって見せた。
スイーツ、水上、水深、水平線、睡眠……etc。
「す」から始まる単語を手話で表してゆく。
途中、「あれ、こうだっけ?」と、水平線で
首を傾げた僕に、弥凪は(当たり)と手話で
言いながら、褒めてくれたのだった。
そして今日覚える単語は、水面、スイレン、
数日などの10個。それらを、弥凪先生の実演
を見ながら真似をして覚えていく。
受験勉強でもそうだが、何かを覚えるときは、
その言葉を声に出した方が視覚と聴覚の両方
から情報を得ることになるので、記憶に残りや
すい。僕は手話を真似るときには必ず声に出し
て覚えていた。
(じゃあ、次)
弥凪がホワイトボードを指差し、少し頬を
緩める。
-----次の言葉は「好き」、だ。
僕も彼女と同じように、その文字を見て
はにかんだ。彼女はマーカーを手にすると、
「好き」の単語の横に他の意味も書き
加えた。どうやら、他にも「欲しい」や
「望む」、という意味があるらしい。
僕は弥凪のお手本に倣い、その手話を
彼女に向けた。
親指と人差し指を開いて顎にあて、その手を
斜め前に出しながら指を合わせる。
「好き」、「欲しい」。
恋人たちには欠かせない、愛の言葉だ。
僕はその手話に、もう一語を添えて弥凪に
伝えた。
「あなたが、好き」
彼女を指差して、顎から二本の指を合わせる。
「あなたが、欲しい」
僕は声に出しながら覚えたての手話を、
繰り返した。
弥凪の頬が赤く染まる。僕が「好きだ」と
口にするのは、あの花火の夜以来だ。
僕は恥じらいながら、(わたしも)と、
手話でそう言った弥凪の首筋に手を伸ばし、
引き寄せた。