「みえない僕と、きこえない君と」
弥凪が目を閉じる。

キスは何度もしているが、伏せられた長い

睫毛を見るたびに、胸が痛いほど鼓動が

鳴ってしまう。僕は一度、やわらかな彼女

の唇を親指でなぞると、その唇を包むように

僕のそれを重ねた。

きゅ、と彼女が僕のシャツを握る。

彼女の背を、頭を、掻き抱くように抱いた

僕のキスは、少しずつ深くなり、彼女の小さな

唇を濡らしてゆく。

やがて、僅かに開いた唇の隙間から舌を差し

込むと、弥凪は肩を震わせながらも、ぎこち

なく応えてくれた。

僕はその舌の甘さに酔いながら、膨らみを

確かめるように彼女の胸へと手を伸ばした。



-----僕はまだ、一度も弥凪を抱いて

いなかった。



何となくだけれど、彼女の拙い仕草から、

まだ経験がないのだということを、悟って

しまったからだ。

だからこの時、僕は彼女を抱くつもりで、

キスをした。慈しむように、大切に、弥凪

の心だけでなく、すべてを抱き締めたい。

僕のその想いが、肌を通して伝わるなら、

きっと弥凪もすべてを預けてくれるに

違いない。そう思った僕は、長いキスから

彼女の唇を解放し、こつりと額を合わせた。

弥凪の艶やかな睫毛は震え、眼差しは

潤んでいる。

狭い視界の中にその表情を捉えながら、

胸に触れさせていた手を、ゆっくりと彼女

のニットの中に忍ばせる。

びくりと、弥凪が体を硬くした。

けれどもう、僕はその手を止めることは

出来なかった。

「……弥凪」

切なげに、愛しい人の名を呼んで、ブラの中

の膨らみに直接触れた……



その時だった。



(……っ!!)

弥凪は僕の腕から逃れるように体を捻り、

くるりと後ろを向いてしまった。

それは一瞬のことで、僕はどうしていいか

わからずに、呆然とその場に立ち尽くして

しまう。ほんの数秒前まで腕の中にあった

温もりはすでになく、僕を拒絶するように

両腕を抱き締め、小さくなっている。

「弥凪……」

さっきとはまったく違う声色でその名を

呼び、恐る恐る彼女の肩に手を伸ばした。

けれど、肩に手が届こうとした瞬間、

テーブルに置いてあった携帯が、

チャラララ♪と、軽快な着信音を鳴らす。



-----電話?誰だろう、こんな時間に。



僕は背を向けたままの弥凪を気にかけ

ながらも、携帯を手に取って液晶画面を

見た。そして、瞬時に眉を寄せた。

電話の主は、町田さんだった。



-----何だろう?



彼から電話が来るのは、初めてだ。

メールだって、数回しかやり取りしたこと

が、ない。僕は首を捻りながら、鳴り続ける

携帯の受話器を上げた。

すると第一声から、やたら陽気な声が耳に

飛び込んできた。
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