「みえない僕と、きこえない君と」
ツー、ツー、と、無機質な音を聞きながら、

僕は海の底よりも深いため息をついた。

そして、事の次第を弥凪に伝えた。



“みんなでWデートの計画を練ろうってさ。

いまから町田さんがここに来ちゃうよ。

良かったの?咲さん、迷惑じゃないかな?”



やれやれ、と、首を振りながら弥凪を見る。

すると弥凪は、(大丈夫だよ)と手話で言って、

さっそく携帯を手に取った。そして、いつも

の早打ちで咲さんにメールを送った。



-----こんな時間にメールして大丈夫だろうか?



僕は部屋の時計を見やり、眉を顰める。

時計の針はすでに11時を半分過ぎている。

起きていたとしても、色よい返事をもらえる

かも、わからない。

そんなことを思っていた矢先、弥凪の手の中

で携帯が震えた。

「えっ、もう!?」

僕はレスポンスの速さに驚きながら弥凪の

携帯を覗いた。



-----件名は、「了解♪」のひと言。



そのまま本文を見てみれば、


Wデート計画、楽しみにしているね!


と、かなり乗り気な文章が書かれている。

僕は弥凪と顔を見合わせると、ようやく

笑みを浮かべた。

突然、降って湧いたような話だけれど、

Wデートなんて初めてだし、弥凪の親友

に会うことも出来るし、町田さんに恋が

訪れるかどうかは別として、何だか楽しそうだ。

それに、タイミングが良いんだか、

悪いんだか、町田さんの電話のお陰で

僕らの間の気まずい空気もどこかへ

吹っ飛んでしまった。

僕は頬を緩めたまま、グラスをテーブル

に並べ始めた弥凪を見やった。

そうして、ゆるやかに表情を止めた。

ひょっとしたら、彼女はあのまま僕と

“そうなる”可能性がなくなって、ホッと

しているのではないだろうか?

ついさっき、僕を拒んで震えていた背中が、

いまは楽しそうに客人を迎える準備を

している。

その横顔からは、二人の甘い時間がぷつりと

途絶えてしまったことの寂しさも、

愛惜(あいせき)の念も感じられない。

僕はそのことに、言いようのない

寂寥感(せきりょうかん)を覚えながら、

コンビニのビニール袋にビールとつまみを

沢山詰め込んだ町田さんを、迎えたのだった。





「海かぁ~、海ねぇ……まあ、冬の海って

ゆーのも、風情があっていいかも知れないよね」

ぷはーっ、と何杯目かのビールを飲み干し

ながら、カシューナッツを口に放り込みながら、

町田さんが腕を組んで、うんうん、と頷いた。

僕もすっかり泡が消えたビールを前に、

「海かぁ……」と、反芻する。
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