「みえない僕と、きこえない君と」
-----自分の声が、聞こえない。
その現実は、“声を発する”という当たり前の
ことですら、高いハードルとなってしまう。
斯く言うわたしも、その一人だ。
音が聞こえていないから、どう発声をすれば
いいのかわからない。もちろん、子供のころに
発声訓練を受けてはいるのだけれど……
それでも、無声歯茎摩擦音であるサ行や、
チ・ツなどの無声硬口蓋摩擦音はうまく
発声するのが難しいし、イントネーションも
おかしい、と、思う。
だから、難聴のレベルにもよるだろうけれど、
聴覚に障がいを持つ人は、声を出したがらない
人が多かった。
-----けれど、そのせいで純を傷つけてしまった。
わたしは部屋の真ん中に立ち、喉に手をあてた。
「……ぅあ゛、あーー!!」
久しぶりに大きく震えた声帯が、ピリピリと
痛みを訴える。それでも、どんな声が出ている
のか、どれくらいの声量なのか、わたしには
わからない。
自分の声も、大好きな人の声も、聞こえない。
なのに、わたしは静寂の中に身を置いている
わけでも、なかった。
耳を擦る風の音も、空から降り落ちる雨音も、
小鳥のさえずりも、何も聞こえない代わりに、
頭を内側から擦るような、ザーっという音や、
ピーっという甲高い音は耳の中に響いていた
りする。耳鳴りは、脳が音を聞き取ろうと
頑張りすぎて、要らない周波数を拾ってしまう
のだと、お医者様に言われたけれど………
簡単に治るものでもないので、特に治療らしい
治療はしていなかった。
「……っは、いばぁ……じゅう、う、
いひぃ……」
大好きな人の名を、呼んでみる。
純の名前はカッコいいのだけれど、聴覚障がい
のあるわたしが発声するのは、ちょっと難し
かった。喉を擦りながら、わたしは、あの夜の
温もりを思い出した。
-----本当は、彼に抱かれたかった。
あのまま、彼とひとつになりたかった。
純の腕の中で、朝を迎えてみたかった。
なのにわたしは、一瞬、狼狽えてしまったのだ。
彼の腕に抱かれながら、変な声を上げてしまっ
たらどうしよう、かと。もし、おかしな声が
出てしまったら、彼を白けさせてしまうのでは
ないだろうか、と。
だから、あの時は反射的に体が動いてしまった。
本当は嬉しかったのに。“純に嫌われたくない”。
その想いが強すぎて、逆に彼を傷つけてしまった。
ツン、と鼻先が痛くなる。
自分が情けなくて、涙が出てしまいそうだった。
一度でもいい。手話でも筆談でもなく、自分の
声で彼の名を呼びたい。
わたしは、大きく息を吸って、もう一度声を
出そうと、した。その時だった。