「みえない僕と、きこえない君と」
(いまが一番楽しい時だというのはわかるけど、
親に心配かけるのは、感心できないわね。羽柴
さんも、あなたを大事に思ってくれているなら、
もう少し親の気持ちを考えるべきだと思うわ。
毎日毎日、遅くまであなたを引き留めて、朝帰り
までさせて。まだ結婚前の身なのよ?あなたも
もう少し冷静に考えてくれないと、お母さん、
これ以上庇いきれないわ)
母さんは何も間違ったことを、言っていな
かった。自分が嫁入り前の身なのだということ
も、何も言わず、窺うような視線を向けてくる
父さんから、母さんが庇ってくれていることも、
全部、わかっていた。
だけど、わたしはもう23歳だ。
大人として、社会の一員として、普通の人と同じ
ようにちゃんと頑張っている。
何より、純のことを悪く言われるのは、堪えられ
なかった。彼はわたしのために一生懸命手話を
勉強してくれて、わたしの耳の代わりになろう
としてくれている。いつもいつも、わたしを
色んなことから守ろうとしてくれている。
こんな風に、誰かを好きになって、その人から
大切されること自体、初めてのことなのだ。
少し、調子に乗って羽目を外し過ぎたかも知れ
ないけれど……だからといって、純が責められる
のは、どうしても嫌だった。
わたしは、いつになく強い眼差しを、母さんに
向けた。
(純は何にも悪くない。だから、純のことは
悪く言わないで。彼は、本当にわたしのことを
大事に思ってくれているの。わたしのために
一生懸命手話を覚えてくれて、わたしの耳の
代わりになろうとしてくれてる。こんなやさしい
人、他にいない。心配をかけてしまったのは
悪かったけれど、わたし、もう大人だし、自分の
ことは自分で責任取れるから)
いつの間にか、涙が零れていた。感情が言うこと
をきかなくて、どんどん溢れてしまう。
母さんに、口答えをするのは初めてだった。
いつだって、母さんは一番の理解者で、味方で、
わたしのすることを何でも応援してくれていた。
なのに、いまはその母さんの顔が、知らない人の
顔のように、見える。わたしの幸せを否定する、
意地悪な人の顔。
そんな風に思えてしまう自分も、嫌で嫌で仕方な
かった。
カタカタと震え出したわたしの両手を、母さんが
包んだ。その手がとても温かくて、ぎゅっ、と
胸が苦しくなる。
(ちゃんとした大人は、親に心配をかけない
のよ)
ゆっくりと、ゆっくりと、母さんの唇が言葉を
紡ぐ。けれど、向けられる眼差しはすでに
“赦して”くれている。
-----わたしが、彼を愛することを。
-----彼が、わたしを愛することを。
だから、わたしは涙を流したままで、小さく
頷いた。
親に心配かけるのは、感心できないわね。羽柴
さんも、あなたを大事に思ってくれているなら、
もう少し親の気持ちを考えるべきだと思うわ。
毎日毎日、遅くまであなたを引き留めて、朝帰り
までさせて。まだ結婚前の身なのよ?あなたも
もう少し冷静に考えてくれないと、お母さん、
これ以上庇いきれないわ)
母さんは何も間違ったことを、言っていな
かった。自分が嫁入り前の身なのだということ
も、何も言わず、窺うような視線を向けてくる
父さんから、母さんが庇ってくれていることも、
全部、わかっていた。
だけど、わたしはもう23歳だ。
大人として、社会の一員として、普通の人と同じ
ようにちゃんと頑張っている。
何より、純のことを悪く言われるのは、堪えられ
なかった。彼はわたしのために一生懸命手話を
勉強してくれて、わたしの耳の代わりになろう
としてくれている。いつもいつも、わたしを
色んなことから守ろうとしてくれている。
こんな風に、誰かを好きになって、その人から
大切されること自体、初めてのことなのだ。
少し、調子に乗って羽目を外し過ぎたかも知れ
ないけれど……だからといって、純が責められる
のは、どうしても嫌だった。
わたしは、いつになく強い眼差しを、母さんに
向けた。
(純は何にも悪くない。だから、純のことは
悪く言わないで。彼は、本当にわたしのことを
大事に思ってくれているの。わたしのために
一生懸命手話を覚えてくれて、わたしの耳の
代わりになろうとしてくれてる。こんなやさしい
人、他にいない。心配をかけてしまったのは
悪かったけれど、わたし、もう大人だし、自分の
ことは自分で責任取れるから)
いつの間にか、涙が零れていた。感情が言うこと
をきかなくて、どんどん溢れてしまう。
母さんに、口答えをするのは初めてだった。
いつだって、母さんは一番の理解者で、味方で、
わたしのすることを何でも応援してくれていた。
なのに、いまはその母さんの顔が、知らない人の
顔のように、見える。わたしの幸せを否定する、
意地悪な人の顔。
そんな風に思えてしまう自分も、嫌で嫌で仕方な
かった。
カタカタと震え出したわたしの両手を、母さんが
包んだ。その手がとても温かくて、ぎゅっ、と
胸が苦しくなる。
(ちゃんとした大人は、親に心配をかけない
のよ)
ゆっくりと、ゆっくりと、母さんの唇が言葉を
紡ぐ。けれど、向けられる眼差しはすでに
“赦して”くれている。
-----わたしが、彼を愛することを。
-----彼が、わたしを愛することを。
だから、わたしは涙を流したままで、小さく
頷いた。