「みえない僕と、きこえない君と」
「そうかなぁ……」

素直に喜んでいいものかわからず、微妙な

笑みを浮かべたまま目の前に座っている

町田さんに、ちらりと目を向ける。すると、

町田さんはほんの一瞬だけ複雑な表情を

覗かせたかと思うと、次の瞬間には、いつも

のように、シシ、と、笑って白い歯を

見せた。

「確かに、似てるかもな。俺も羽柴くん

もイケメンだし」

得意げにそう言って、さらりと前髪を

掻きあげる。僕は彼らしいその口ぶりに

苦笑いしながらも、何となくこの話題から

離れた方がいい気がして、レジャーシート

の真ん中に残っていたメープルチーズケー

キに手を伸ばした。

「そろそろ、デザートにしようか?これ、

みんなで食べていいんだよね?このまま

一人ずつ食べて、回せばいいかな」

小ぶりのホールケーキの上には、プラス

チックのフォークが4本、セロテープで

止めてある。そして、透明のケースの中を

見れば、ケーキは4つにカットされていた。

ぴたりとフォークのビニールに張り付いた

セロテープを剥していると、弥凪がケーキ

を両手で持って支えてくれた。

(先に、食べる?)

弥凪の顔を覗き込みながら、そう、唇を

動かすと、笑いながらふるふると首を

振ったので、言い出しっぺの僕が一番に

食べることとなった。




「うわ、あまっ!」

二等辺三角形の先端にフォークを刺し込

み、ほろほろと崩れ落ちそうなチーズケー

キを口に運ぶと、その味は想像以上に

濃厚で甘かった。

蓋を開けた瞬間にふわ、と甘ったるい香り

がしたから、覚悟はしていたけれど……

その濃厚チーズケーキを順番に食べなが

ら、町田さんが買ってきたカルピスを飲み

ながら、僕たちはやはり、取り留めのない

話で盛り上がった。

「カルピスってさ、子供のころから好き

なんだけど、いまは色んな種類があるのな。

ラフランスとか、マンゴーとか、プレミアム

とか」

コップに注がれたカルピスを飲みながら、

町田さんが言う。

「グレープとパインは昔から原液でありま

したよね。僕、子供のころはグレープ味を

濃いめで飲むのが好きでした」

僕がそう言うと、弥凪が嬉しそうに頷いた。

(わたしも、グレープが好き。それか、炭酸

で割って飲むの)

咲さんの手話通訳を間に挟み、僕たちの

カルピス談話はさらに続いていく。

「でも、カルピスって子供のころは夏の

定番って感じだったけど、いまは一年中

どこでも売ってるからあまり特別な感じは

ないですよね。それより、わたしは自販機

で“アンバサ”を見つけた時の方が嬉しかっ

たかも」

開いた両手を、胸の前で上下に動かしなが

ら“嬉しい”と、表現した咲さんに、町田さん

がキラキラと目を輝かせた。
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