「みえない僕と、きこえない君と」
「弥凪がしゃべらなくなったきっかけは、

クラスの女子のたったひと言です。少しで

もみんなとコミュニケーションが取れるよう

に、って、弥凪も頑張ってたんですけど……

ある時、修学旅行に行った先で、グループの

子に『オットセイと一緒にいるみたい』って、

酷いこと言われちゃって……」

その話を聞いた瞬間、俺は不快感を露わにした。

「酷いな、それ。たったひと言かも知れない

けど、彼女の心を抉る、酷いひと言だ」

そう言った俺に、彼女は寂しげに笑んで、俯く。

「でもね……その子、すごく意地悪な子、

ってわけでもなかったんです。弥凪とも

仲良かったし、弥凪をグループに入れた

のも、その子だし。たまたま、思春期で、

人の目が気になる年頃で、周囲の目が気に

なっちゃって、うっかり、そういう言葉が

出ちゃったんじゃないかな。もちろん、

そのことで弥凪が傷ついたのはすごく

わかるし、絶対に言ってはいけないこと

だったんだけど。弥凪、やさしいから、

そのことで彼女を責めることもなかった

し、むしろ、自分がしゃべることで一緒に

いる友達に恥をかかせてしまう、って

思っちゃったみたい。だから、わたしと

いる時も、弥凪は全然しゃべってくれな

いんです」

抱えていた膝に、こつん、と顎を乗せる。

その姿が、拗ねた子供のように可愛かった

ので、俺は思わず彼女の頭に手を伸ばして

しまった。

わしゃわしゃと、手の平で彼女の頭を撫で

てやる。陽光を浴びた長い黒髪が、少し

乱れてさらりと肩を滑り落ちる。

すると、彼女はゆっくりと顔を上げ、覗き

見るように、俺を見た。

「あ……ごめ」

向けられた眼差しは、決して嫌悪しては

いなかった。が、心の内を探るような瞳に、

一瞬たじろいでしまう。

俺は、はは、と笑いながら手を引っ込め、

その手で自分の頭を掻いた。

「……町田さんって、やさしいですね」

くすくす、と笑いながら目を細める。

その笑みは、やはり、少女の面影を残した

無邪気なもので……

「そ、そう?やさしい、かな……」

俺はどきりと鼓動が跳ねるのを意識しな

がら、また、はは、と、ぎこちなく笑い、

彼女から視線を外した。



-----そして、慌てて言葉を探した。



こんな時に沈黙が流れてしまえば、ますます、

鼓動が早なってしまいそうだ。

「でもさ、幸せになって欲しいよな。

あの二人には」

照れ隠しから、慌てて口にした言葉は、

至極純粋な俺の願いで、その言葉に彼女は

一度目を見開き頷いた。

「大丈夫よ、きっと。あの二人なら」

さらりと、風に靡く髪を掻き上げ、そう呟く。

どうして大丈夫だと、言い切れるのか?

何となく、その理由が気になって彼女の方

を向くと、待っていたような眼差しに捉えられた。
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