「みえない僕と、きこえない君と」
(実は僕も視覚障がいがあって、手帳を持って

いるんです。だから、不自由がある人の気持ちに

寄り添える自信はあります)

鞄のサイドポケットから取り出した障がい者手帳

を広げて見せる。見開きの右側には顔写真。

左側には障がいの名称と等級が記されている。

彼女はそれを見ると、驚いたように僕の顔を見上げた。

サングラスを外して見せる。

見た目は普通の人と何ら変わらないが、何も変わら

ないからこそ、理解してもらえないこともある。

事業所を訪れる利用者さんにも、僕に障がいが

あることを伝えると、頼りないと敬遠されることより、

親近感を持ってもらえることの方が多かった。

(わたしたち、仲間ですね)

彼女もそう感じてくれたのか、白い歯を見せた。

どきりとまた、胸が鳴る。

こんな時に、怪我をさせておきながら、

とても不謹慎だとは思うけれど、



------笑顔が可愛い。



慌てて目を逸らし、サングラスをかけた。

頬が熱い気がする。顔が赤くなっていたら、

恥ずかしすぎる。僕は平静を装いながら、親指を

動かした。

そうして、少し躊躇いがちにそれを見せた。

(家まで送りましょうか?)

こんなことを言ったら、新手のナンパだと誤解

されるだろうか。そんな不安を抱きながらも、

このまま、じゃあ、と別れるのは何だか気が引けた。

彼女はその文字を見て、首を横に振る。

やっぱり、と、内心落胆している僕の顔を覗き込み、

少し先にある大きな一軒家を指差した。

デザイン住宅、というのだろうか。

落ち着いた色合いの、タイル張りの塀から覗く

建物は、正面が半円状になっていて、一目見れば

誰もが高級住宅と認める風格がある。

「あは、あそこがお家?」

立派だなぁ、と、いつも横目で見ながら通り過ぎ

ていたその住宅を見やり、僕は驚いた顔のままで

言った。

あの家がそうだと言うなら、送るも何もそこを

通らなければ帰れない。

立てかけておいた自転車を引いて歩き出すと、

彼女は僕の一歩後ろをついて歩き出した。

ほんの数十メートルの道のりを、ふたり、

無言で歩く。自転車を引く僕の手は塞がっていて、

文字を打つことも、手話を話すことも出来なかった

けれど、不思議なほど沈黙はやさしかった。

家の前につくと、彼女は振り返ってぺこりと

頭を下げた。僕は「バイバイ」と手を振った。


この仕草だけは、きっと万国共通の手話に違いない。



-----もう、二度と会うことはないんだろうな。



そう思いながら自転車に跨った僕の胸は、

チクリと痛んでいた。
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