「みえない僕と、きこえない君と」
町田さんの話によると、大気が澄んでいる晩秋

から冬にかけて、早朝や日没後の空に、ピンク

色の帯が発生するらしい。東の空に現れるその

現象は、まるで天女のドレスに巻いた美しい

ベルトのように見えることから、「ビーナス

ベルト」と呼ばれるのだと、得意げに話して

くれた。刻一刻と変わりゆくその色は、20分

程度しか見られない現象なのだという。

どうして町田さんにそんな知識があるのか、

少し不思議だったけれど、この空の色は特別なの

だと聞かされたあとに見るアッシュピンクの空は、

とても言葉では言い尽くせぬほどに美しく、僕は

どうしてか感傷的になってしまった。

同じ風景に心を奪われ、窓の向こうをじっと

眺めている弥凪の手を、そっと握る。

もしかしたら、彼女とこの空を見るのは最初

で最後かも知れない。なんて、そんなつまらない

ことを考えれば、喉の奥が、くっ、と痛んで

困ってしまう。

僕は、幸せなはずの心を、黒く染めようとする

“何か”を振り払うために、鞄からあるものを取り

出した。

「写真、撮りませんか。デジカメ持ってきて

るんです」

向かい側に座る二人に、そう声をかける。

すると、すぐに咲さんの元気な声が返って来た。

「撮ろう、撮ろう!わたし、先に撮ってあげる!!」

そう言って、咲さんは手を伸ばし、僕の手から

デジカメを受け取る。隣に座る町田さんも、

「はい、お二人さんもっと寄って。そうそう、

肩を抱いてくっついてね~♪」

と、調子の良いカメラマンのような口ぶりで、

被写体の動きをアシストしてくれた。

空の色がくすんで消えてしまわないうちに、

数枚の写真を撮ることが出来た僕たちは、

地上に降り立つと夢見心地のまま、お土産

売り場を覗き、僕はその店でフォトフレーム

を2つ買った。

(写真、部屋に飾ろう)

ゆっくりと唇でそう言って弥凪に伝えると、

彼女は嬉しそうに頷き、僕の手に指を絡めた

のだった。
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