「みえない僕と、きこえない君と」
肩を抱いたまま、ベッドに腰かける。

波打ち際を歩きながら、少し強い日差し

を浴びたせいか、体はそのままベッドに

沈んでしまいそうなほど、気怠かった。

しばらく、じっと身を寄せていると、風呂が

沸いたことを知らせるチャイムが鳴った。

けれど、その音が聞こえても、僕は彼女の肩を

離すことは出来なかった。

胸に顔を埋めていた弥凪が、僕を見上げる。

その唇をそっと指でなぞり、伏せられた長い

睫毛を見れば、もう、1秒も待つことは出来な

かった。僕は彼女の唇を覆うように自分の

それを重ねると、強く掻き抱くように、彼女の

背を抱いた。

深く押し付けられる唇を受け止めながら、

弥凪も僕の背にしがみつく。

薄く開いた唇を割って、舌を差し込めば、

彼女も応えるように、舌を絡ませてくれる。

微かに、重ねた唇から潮の味がする。

同じ場所で、同じ時間を過ごし、そうして、

僕たちのキスもまた、同じ味になってゆく。

長い長い口付けから唇を解放すると、弥凪は

照れたように微笑い、息を漏らした。



-----こつんと額を合わせる。



弥凪の透きとおるような肌から、艶やかな黒髪

から、ふわりと、海の香りがする。

不意に、僕は弥凪が心配になって、訊いた。

(こわい?)

彼女は初めてなのだ。だから、あの夜は、

僕の腕からすり抜けていった。

頬に触れながら、揺れる髪先を弄びながら、

目を覗き込むと、弥凪は小さく首を振った。

そうして、おもむろに僕の手を取った。手の平

に文字が綴られる。その言葉を読み取れば、

(変な声、出たらごめんね)

というひと言。一瞬、意味がわからずに弥凪の

目を見ると、彼女は困ったように視線を一度

外し、もう一度文字を書いた。

(わたしの変な声、純に聞かれたくなかった)



-----ああ、だからか。



僕はようやく、合点がいって、ゆるやかに首を

振った。彼女は知らなかったのだ。どんなに、

僕が“その声”を望んでいるか、を。

たとえ、どんなに、その声が“彼女の理想”から

掛け離れたものだったとしても、僕にとっては

聞きたくて、聞きたくて、仕方がなかった“声”

なのだ。

「……馬鹿だな」

僕は慈しむように彼女の髪を撫でながら、

笑みを向けた。

「……本当に馬鹿だな」

もう一度そう言って、怯えてばかりの、恋人

の肩を抱いた。



-----どうすれば、伝わるだろう?



ただ、こうしているだけで胸が苦しくなる

ほど、愛しているのだということを。

言葉で、手話で、手の平を滑る指で、

その想いを伝えきれないのなら……
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