「みえない僕と、きこえない君と」
-----世界は、広かった。
その、広い世界の真ん中に立ち止まっている
僕たちは、どこにでもいる、普通の恋人たちだ。
僕は、走り回る子供たちを見やったままで、
言った。
「いつかさ、僕らもこの公園に子供を連れて
来たいね」
-----それは、願ってやまない僕らの未来。
ありふれた幸せのようで、手に入らないかも
知れない、不確かな未来だ。
だからこそ、こうして祈るように、口にしたく
なるのだろう。そんな僕の想いに応えるよう
に、彼女は繋いだ手を握り返した。
「必ず来ようね。その時は………」
そこで、突然、ざぁ、と、吹き荒れた風に、
彼女の声が掻き消されてしまう。
「!!!」
僕は舞い上がる砂埃に目を瞑り……
そうして、ゆっくりと目を開けた。
再び目に映った風景は、見慣れた天井だった。
「……なんだ……夢、か」
僕は夢現の狭間で、言いようのない
虚無感を覚えながら、天井に向けて手の平
をかざした。
視界の中心に、僕の手が映る。
その手を、少しずらしただけで、僕の手は
あっけなく視界から消えた。
-----やはり、これが現実か。
僕は深いため息をつきながら、目を閉じた。
-----この夢が何を暗示しているのか。
僕には、わからない。
希くば、この夢が正夢になることを
祈るばかりだけれど………
僕はベッドから体を起こし、時計を見た。
時刻は7時を半分回っている。
今日は年に一度の眼科検診だ。
そして夕方には、弥凪が部屋へ来ることに
なっている。僕は、ぼんやりとしている頭を
覚ますように伸びをすると、ベッドを抜け出し
洗面所へ向かった。
「……それは、どういうことですか?」
久しぶりに訪れた大学病院の診察室で、僕は、
久しぶりに顔を合わせた担当医に、そう、訊ねた。
ふむ、と、感情の読めない顔をして、白髪の男性
が検査結果の用紙から僕へと視線を移す。
僕は膝の上で拳を握りしめ、食い入るように
医師の顔を見つめた。
「基本的にこの病はゆっくり進行していくもの
なんですけどね、やはり、その早さには個人差
があって、30代で視機能がかなり低下する人も
いれば、70代を過ぎても良好な視力を保って
いる人もいるんです。あなたの場合は、もしかし
たらですが、前者のタイプに入るのかも知れま
せん。前年よりも視野狭窄が進んでいるんです。
とにかく、通常の眼底検査だけでは評価が難しい
ので、網膜色素上皮の変化をみる検査を追加
しましょう。今後の治療はその結果を診て決める
ということで……まずは検査の予約を、だね…」
僕の顔色を窺いながら、そう説明をすると、
医師はカルテを記入しながらカレンダーを
覗いた。