「みえない僕と、きこえない君と」
僕は一瞬、色んな思いが頭の中に交錯して

言葉を失ってしまう。

今後の治療なんて……対症的なものしかない

ことくらい、とっくに知っている。

じゃあ、“悪くなっている”ことを知った僕は、

いったい、何をすればいいのだろう?

僕は、検査の予約と処方箋の作成をして、

診察を終えようとしている医師に、訊いた。

「先生、僕は30代のうちに視力を失うかも

知れない、ということですか?そうならない

ように、僕に出来ることは何かないでしょ

うか?」

切羽詰まった声でそう訊いた僕に、担当医は

振り返ると、少し困ったように眉を顰めて

言った。

「残念ですが、いまのところ進行を止める

治療法は確立していないんです。だから、

大切なのは、進行の速度から予測される将来

に向けて準備を始めることなんです。視野の

あるうちに、点字や盲人用のパソコンを習得

する患者さんは大勢います。まだまだ時間は

あります。“もしも”の時のために、出来ること

を始めましょう」



この先生は……



17歳の僕に、「失明するケースは少ない」と、

「医療技術は日進月歩しているから前向きに

考えろ」と、言ったことを覚えているのだろうか?

僕はあの時、その言葉があったから絶望すること

なく、前を向くことが出来たのだ。



なのに………



急激に心の奥が冷えてゆくような、嫌な感覚

だった。僕は、ぎり、と奥歯を噛みしめ、無理

やり笑みを浮かべた。

「わかりました。見えるうちに、出来ることを

始めようと思います」

そう、答えた僕に、担当医はホッとした顔をして、

再び背を向けたのだった。








大学病院を出て帰路についた僕の足は、無意識

にいつもの公園へと向かっていた。

園路の途中に立ち、芝生広場を見渡す。

目の前には、今朝見た夢よりもだいぶ小さな風景

が広がっている。この公園に一人で来るのは

初めてだが、土曜日ということもあって、今日も

多くの人々が休日を楽しんでいた。

僕はいつもの店で買ったコッペパンを手に、

弥凪とよく座るベンチまで歩くと、その場所で

ひとり、食べ始めた。


夢の中で子供たちが駆け回っていた場所は、

あの辺りだったかな?結局、あの夢は逆夢(さかゆめ)

だったのか。

そんなことをぼんやりと考えながら、タンドリー

チキンサンドにかぶりつく。



-----どうしてか、心の中は穏やかだった。



いつかの朝、弥凪の胸の中で思いきり泣いたから

か、心の中は不思議なほど、シン、と澄んでいる。



-----やはり、僕の目は見えなくなるのだ。



その事実だけが、いまはストンと心に落ちていた。

僕は黙々とコッペパンをかじりながら、これから

したいこと、しなければならないことを考えた。
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