「みえない僕と、きこえない君と」
もちろん、家の外に出てもそれは同じことで、

点字を習得しなければ、視力を失くした時

に即困る、のだけど……6つの点の位置から

言葉を覚えることは容易でも、その点に指先

で触れ、言葉を読み取るのは至難の(わざ)だった。

そんな苦労を間近で見ていた弥凪は、僕と

一緒に点字を学び、どこにでも貼れる“点字

ステッカー作成キット“なるものを買ってきて、

あちこちに貼ってくれている。けれど、点字を

書くという作業もややこしく、読みの面(凸面)

と、書きの面(凹面)の文字が全く反対になる

ので、最初のうちは二人で首を捻りながら点字

を綴ったのだった。




そんな日々を過ごすうちに、僕たちは、やはり、

“二人で一人”なのだということを実感する。

互いのために、手話を学び、点字を覚え、

手を取り合って二人の未来を形作ってゆく。

彼女となら、きっと、何があっても同じ方向を

見つめ、歩いて行ける。そう、信じることが出来

た僕は、彼女にプロポーズすることを心に

決めたのだった。




僕はまた一口コーヒーを飲み、喉を潤すと、

石神さんに言った。

「少し性急過ぎるかな、とは思ったんですけ

ど……だからといって1年待っても、3年待っ

ても、僕の気持ちは変わらないと思ったんで

す。それに、時が過ぎれば過ぎるほど、僕の

病気は進行してしまう。それなら、いま、彼女

と生きる道を選んで、目が見えるうちに色ん

なことを思い出に残したい、っていうか。少し

でも見えるうちに子を授かって、二人で育て

たい、っていうか」

そこまで一息に言って、僕は小さく息をついた。

ふむ、と石神さんの頷く声が聞こえる。僕は、

少し緊張しながら彼の言葉を待った。

「羽柴さんの気持ちは、わかりますよ。痛い

くらいにね。わたしも、若かりし頃は、同じ

ような気持ちを抱えた時期がありましたから。

だから、あなたが結婚を決めたことも、お二人

の未来も、心から応援しています。ただね、

一つだけ言いたいのは、“目が見えない”ことが、

あなたの全てではないということです。目が

見えても、見えなくても、“あなたは、あなただ”。

だから、その部分しか見えなくなってしまうと、

いつも“時”に追い立てられるような、そんな

気分になってしまうと思うんです。ゆったり、

生きましょう。『Eye(I)like me』、の境地

ですよ。どんな自分も、認めてあげてください」

石神さんの言葉は、やさしく、心のやわらかな

部分にまで届いた。僕は、潤んでしまいそうに

なる目を伏せ、「はい」と、力強く頷いた。

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