「みえない僕と、きこえない君と」
第六章:大安吉日
通りすがりの人たちが祝福してくれた感動的
なプロポーズから、半月が過ぎた。
僕は部屋の壁に掛けてあるカレンダーを
見やりながら、スーツのジャケットを羽織った。
今日は、万事に良いとされる、大安吉日だ。
そして僕は、これから弥凪の家に、結婚の
ご挨拶に向かう。
クリーニングから戻って来たばかりのスーツは
パリッとしていて、気が引き締まる。この日の
ために新調したネクタイはまだ生地が硬く、
少し締めづらかったが、準備は万端だった。
母への報告は直前になってしまい、ついさっき、
電話を切ったばかりだ。
『菓子折は用意したの?第一印象が大切よ。
身なりをきちんとしていかないと。靴はちゃん
と磨いてあるかしら?』
「大丈夫だよ。菓子折は用意してあるし、
靴も磨いてある。帰ったらまた、報告するよ」
電話の向こうでオロオロする母の様子が
目に見えるようで、僕は笑いながら、そう
答えたのだった。
-----ドアを開け、部屋を出る。
空を見上げれば、あの日、弥凪と出会った
ころと同じ皐月空が、広がっている。
僕はひとつ息をつくと、ピンと背を伸ばし、
その空の下を歩き始めた。
「初めまして。羽柴純一と申します」
半円状の立派なデザイン住宅の前に立ち、
インターホンを押すと、すぐにドアの向こう
から弥凪の母親が顔を出した。
「初めまして。いつも弥凪がお世話になって
おります。何もお構いできませんが、どうぞ、
お上がりください」
そう、にこやかに挨拶をしてくれた弥凪の
母親は、穏やかでとてもやさしい感じの人
だった。弥凪はひょっこりと母親の後ろから
顔を覗かせ、ひらひらと手を振っている。
「お邪魔します」
僕は弥凪に笑いかけると、靴を脱ぎ、
ふかふかのスリッパに足を通した。
初めて訪れた弥凪の家は、豪邸と呼べる
ような立派なものだった。二階から玄関まで
伸びる階段も優美に弧を描いていて、
見上げればドレスを纏った貴婦人が下りて
来そうだ。白を基調とした室内は、ところ
どころ品の良いアンティークの照明や絵画
があり、広い空間を優雅に装飾していた。
猫の額……いや、“鼠の額”ほどしかない
僕のアパートに比べたら、雲泥の差だ。
僕は、ほぅ、と、ため息をつきそうになり
ながら、弥凪と肩を並べ、リビングへ足を
踏み入れた。
ダイニングテーブルの横で、僕を待っていた
弥凪の父親は、いかにも謹厳実直そうな
雰囲気の人だった。
「羽柴純一と申します。今日はお招きいただき、
ありがとうございます」
背を伸ばし、緊張した面持ちで頭を下げると、
すぐに落ち着いた声が返ってきた。
「こちらこそ。いつも娘がお世話になっており
ます。まあ、そう硬くならずに、どうぞ寛いで
ください。お口に合うかわかりませんが、羽柴
さんのために弥凪が腕を振るったようですから」
なプロポーズから、半月が過ぎた。
僕は部屋の壁に掛けてあるカレンダーを
見やりながら、スーツのジャケットを羽織った。
今日は、万事に良いとされる、大安吉日だ。
そして僕は、これから弥凪の家に、結婚の
ご挨拶に向かう。
クリーニングから戻って来たばかりのスーツは
パリッとしていて、気が引き締まる。この日の
ために新調したネクタイはまだ生地が硬く、
少し締めづらかったが、準備は万端だった。
母への報告は直前になってしまい、ついさっき、
電話を切ったばかりだ。
『菓子折は用意したの?第一印象が大切よ。
身なりをきちんとしていかないと。靴はちゃん
と磨いてあるかしら?』
「大丈夫だよ。菓子折は用意してあるし、
靴も磨いてある。帰ったらまた、報告するよ」
電話の向こうでオロオロする母の様子が
目に見えるようで、僕は笑いながら、そう
答えたのだった。
-----ドアを開け、部屋を出る。
空を見上げれば、あの日、弥凪と出会った
ころと同じ皐月空が、広がっている。
僕はひとつ息をつくと、ピンと背を伸ばし、
その空の下を歩き始めた。
「初めまして。羽柴純一と申します」
半円状の立派なデザイン住宅の前に立ち、
インターホンを押すと、すぐにドアの向こう
から弥凪の母親が顔を出した。
「初めまして。いつも弥凪がお世話になって
おります。何もお構いできませんが、どうぞ、
お上がりください」
そう、にこやかに挨拶をしてくれた弥凪の
母親は、穏やかでとてもやさしい感じの人
だった。弥凪はひょっこりと母親の後ろから
顔を覗かせ、ひらひらと手を振っている。
「お邪魔します」
僕は弥凪に笑いかけると、靴を脱ぎ、
ふかふかのスリッパに足を通した。
初めて訪れた弥凪の家は、豪邸と呼べる
ような立派なものだった。二階から玄関まで
伸びる階段も優美に弧を描いていて、
見上げればドレスを纏った貴婦人が下りて
来そうだ。白を基調とした室内は、ところ
どころ品の良いアンティークの照明や絵画
があり、広い空間を優雅に装飾していた。
猫の額……いや、“鼠の額”ほどしかない
僕のアパートに比べたら、雲泥の差だ。
僕は、ほぅ、と、ため息をつきそうになり
ながら、弥凪と肩を並べ、リビングへ足を
踏み入れた。
ダイニングテーブルの横で、僕を待っていた
弥凪の父親は、いかにも謹厳実直そうな
雰囲気の人だった。
「羽柴純一と申します。今日はお招きいただき、
ありがとうございます」
背を伸ばし、緊張した面持ちで頭を下げると、
すぐに落ち着いた声が返ってきた。
「こちらこそ。いつも娘がお世話になっており
ます。まあ、そう硬くならずに、どうぞ寛いで
ください。お口に合うかわかりませんが、羽柴
さんのために弥凪が腕を振るったようですから」