「みえない僕と、きこえない君と」
僕はシン、と静まり返った食卓を前に、手持ち

無沙汰から寿司に手を伸ばした。

もぐもぐと、口に入れた鮪の握りを咀嚼する。

キレイな色の中トロだが、緊張した舌の上では

味がよくわからない。

「申し訳ないが……」

不意に、ずっと沈黙を守っていた父親が口を

開いた。ぼそりと、呟くような声で聞き取り

づらく、僕は口の動きを止め、彼を向いた。

「君には申し訳ないが、やはり……この結婚を

認めることは出来ない」

ある程度、予測していたとは言え、ずくりと、

鋭いもので心臓を刺されたような気分だった。

僕は、口の中の鮪を無理やり飲み込み、姿勢

を正した。

「それは、僕が障がいを持っているから、

ということでしょうか?」

敢えて、訊くまでもないことを、訊いた。

わざとだった。そうと言わせることで、罪悪感

を煽りたかったのかも知れない。

父親が僕を見る。

なぜ、そんなことを訊くのかという顔だった。

「もちろん、それが理由だよ。それ以外に、

反対する理由なんか一つもない。君はいい

青年だ。真面目で、思いやりもある。だが、

障がいのある者同士が手を取り合って生きて

いけるほど、世の中はやさしくないんだ」

返ってきた答えは、理路整然としていて、

僕は頷くしかなかった。



-----世の中はやさしくない。



そんなことは、障がいを背負っている僕が、

一番よくわかっている。

だから、弥凪の手を取るまでに、迷い、悩み、

幾度も自分に問いかけてきた。



-----僕たちは二人で生きていけるのか。



親がいなくなった後も、人生は続くのだ。

いまが良ければ、それでいい。

なんて……無責任なことは言えなかった。

「確かに、世の中は僕たちにやさしくない

かも知れません。でも、手を差し伸べて

くれる人たちも、中にはいるんです。だから、

迷惑をかけてしまうことは承知で、僕たちは

互いの足りない部分を補い合って……」

「君は、考えたことがあるのか?」

突然、僕の言葉は遮られた。紡ぎきれな

かった言葉は、掠れた別の言葉に変わる。

「何を、ですか」

「生まれてくる子供のことだよ。目も、耳も

聞こえない子供が生まれたら、どうするんだ」

そのひと言は、信じられないほど僕の心を

抉った。

考えたことがない、わけじゃなかった。

けれど、それを否定することは、僕自身を

否定することになるのだ。障がいを持つ僕は、

弥凪は、生まれてきてはいけなかったのか?

それを、弥凪の父親である、



-----この人が言うのか?



僕は何も言えずに、ぎり、と奥歯を噛みしめた。

膝の上で拳を握りしめる。食卓に刺すような

冷たい沈黙が流れた。

まもなく、トレーに水割りとソーセージを載せ

た、弥凪が戻って来た。

僕はぎこちなく彼女に微笑みかけ、「ありが

とう」と、水割りを受け取った。
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