「みえない僕と、きこえない君と」
もしかしたら反対されるかも、知れない。

心のどこかで、そう、覚悟はしていたけれど……

父親の拒否反応は相当なものだった。

僕は、“障がいがある”と告げた途端に、

態度が一変してしまった父親を思い出した。

きっと、もう、会うつもりがないから

あそこまではっきりとした態度を取った

のだろう。

同じように障がいを持つ弥凪の親だから、

理解してくれるだろうと安易に思っていたが、

障がいを持つ苦労を知っているからこそ、

許すことが出来なかったのかも知れない。

「さて、どうするかな……」

僕はひとり、そんなことを呟きながら、

狭い天井を見上げた。



-----その時だった。



ピンポン♪ピンポン♪ピンポン♪と、

続けざまにインターホンが鳴った。



-----誰だろう?こんな時間に。



僕は首を捻りながら、緊張が解れた重い体

を引きずるようにして、玄関へ向かった。

そうして、鍵を開ける。開けた瞬間、ガチャ、

とドアが開いて、弥凪が飛び込んできた。

「っ、弥凪!?」

僕はびっくりして、思いきり声をひっくり

返した。ドン、と抱きついてきた弥凪を

辛うじて受け止める。

触れた肩は、髪は、水気を含んでしっとり

と濡れていた。

「どうしたの?何かあったの!?」

僕の胸に顔を埋め、子供のように首を振る

弥凪に、わけもわからぬまま問いかける。

が、その声が彼女に届くわけもなく……

僕は抱きついたままの弥凪を抱えながら

部屋へ入った。




そして、ホワイトボードの前で立ち止まる。

弥凪は顔を埋め、肩を震わせている。

泣いているのだと、わかればズキリと胸が痛んだ。



-----何があったのか。



そんなことは、訊くまでもなかった。

僕と父親のやり取りを、知ってしまったの

だろう。あれだけ険悪な空気が食卓に

漂っていたのだ。気付かずにいることの

方が、難しかった。

僕は彼女の背をぽんぽん、と叩きながら、

湿った髪に頬を埋めた。

そのまましばらく、肩を抱いてやる。

弥凪の肩は小刻みに震えているが、

嗚咽が漏れて聞こえてくることはない。



-----どれくらい泣いていただろうか?



ようやく泣き止んだ弥凪が、腕の中から

僕を見上げた。その瞬間に、僕は、ぷっ、

と吹き出してしまう。

弥凪の顔は、涙と鼻水で文字通り、ぐちゃ

ぐちゃだった。

「あーあー。可愛い顔が台無し」

僕はくすくすと笑いながらティッシュに手

を伸ばし、それを弥凪の顔に押し付けた。

ちょっと強引に涙を拭いてやる。弥凪は

嫌がる様子もなく、母親にそうされる子供

のように、大人しく僕に拭かれていた。



やがて、涙の跡を頬に残したままで、

彼女の濡れた瞳が僕を覗き込んだ。

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