「みえない僕と、きこえない君と」
弥凪の手を引いて、歩き慣れた夜道を歩く。
先刻から降り出したらしい雨は、しとどに
アスファルトを濡らし、その道を、等間隔に
街灯が白く照らしている。
僕は夜目が効かなかったが、この道は何度も
歩いていることもあって、それほど不便はない。
歩道のちょっとした段差やポストの位置、
飲食店が出している置き型の看板なども
ちゃんと把握しているので、傘を差しながら
弥凪の手を引いて歩いても、特に危ないこと
はなかった。
大人しく手を引かれている、弥凪の横顔を
覗く。やはり、父親と顔を合わせるのは気が
重いのか、彼女の表情はいつになく暗かった。
「今日はこちらで預かります」と、母親に
連絡を入れれば良かっただろうか?
そう伝えた上で、一晩、距離を置けば
お互いに冷静に考える時間が持てたの
かも知れない。そんなことを、ぼんやりと
考えて歩いたが、やはり、正解はわから
なかった。
やがて大通りに出ると、夜道は一層明るく
なった。コンビニやガソリンスタンドから
漏れる灯りが、僕の狭い視界を照らして
くれる。
僕の家から弥凪の家までは歩いて約20分。
駅を超え、また住宅街を少し歩いた先に、
半円状のデザイン住宅が見えてくる。
僕は弥凪と手を繋いだまま、つい先刻、
一人で肩を落としながら渡った横断歩道を、
今度は二人で歩き始めた。
ところが、まもなく、信号を渡り切ろうかと
いうところで、突然、僕の手の中から弥凪の
手が、するりと抜けていった。
「……!?」
僕は振り返り、横断歩道の真ん中に突っ立っ
ている弥凪を見る。他に信号を渡る人影は
なく、夜中とあって赤信号を待つ車の姿は
見当たらないが、だからと言ってそんなと
ころに留まっていれば、すぐに、目の前の
信号は赤へ変わってしまうだろう。
「弥凪、行こう。危ないよ」
そう言って、彼女の元に戻りかけた僕に、
彼女は大きく首を振った。
(行かない!ずっと、純と一緒にいる)
手話でそう言ったかと思うと、弥凪は、
いま、渡ったばかりの信号を戻り始めて
しまった。
「弥凪!?ちょっと待って……」
僕は慌てて、雨の中を一人で引き返して
いこうとする、弥凪を追いかけた。
そうして、彼女の肩に手を伸ばした。
けれど、その手が肩に届こうとした瞬間、
僕たちは、突然、黄色い光に包まれた。
それが、猛スピードで右折してきたバイク
のヘッドライトだと気付いた刹那、僕は
ありったけの声で彼女の名を呼んでいた。
「----弥凪ッ!!!!」
僕の声が聞こえたのか、聞こえなかった
のか……驚いた顔をして振り返った彼女
の腕を掴み、強く抱き締める。
と同時に、耳を刺すようなブレーキ音が
辺りに響き渡り、僕たちの体は強い衝撃に
襲われた。
先刻から降り出したらしい雨は、しとどに
アスファルトを濡らし、その道を、等間隔に
街灯が白く照らしている。
僕は夜目が効かなかったが、この道は何度も
歩いていることもあって、それほど不便はない。
歩道のちょっとした段差やポストの位置、
飲食店が出している置き型の看板なども
ちゃんと把握しているので、傘を差しながら
弥凪の手を引いて歩いても、特に危ないこと
はなかった。
大人しく手を引かれている、弥凪の横顔を
覗く。やはり、父親と顔を合わせるのは気が
重いのか、彼女の表情はいつになく暗かった。
「今日はこちらで預かります」と、母親に
連絡を入れれば良かっただろうか?
そう伝えた上で、一晩、距離を置けば
お互いに冷静に考える時間が持てたの
かも知れない。そんなことを、ぼんやりと
考えて歩いたが、やはり、正解はわから
なかった。
やがて大通りに出ると、夜道は一層明るく
なった。コンビニやガソリンスタンドから
漏れる灯りが、僕の狭い視界を照らして
くれる。
僕の家から弥凪の家までは歩いて約20分。
駅を超え、また住宅街を少し歩いた先に、
半円状のデザイン住宅が見えてくる。
僕は弥凪と手を繋いだまま、つい先刻、
一人で肩を落としながら渡った横断歩道を、
今度は二人で歩き始めた。
ところが、まもなく、信号を渡り切ろうかと
いうところで、突然、僕の手の中から弥凪の
手が、するりと抜けていった。
「……!?」
僕は振り返り、横断歩道の真ん中に突っ立っ
ている弥凪を見る。他に信号を渡る人影は
なく、夜中とあって赤信号を待つ車の姿は
見当たらないが、だからと言ってそんなと
ころに留まっていれば、すぐに、目の前の
信号は赤へ変わってしまうだろう。
「弥凪、行こう。危ないよ」
そう言って、彼女の元に戻りかけた僕に、
彼女は大きく首を振った。
(行かない!ずっと、純と一緒にいる)
手話でそう言ったかと思うと、弥凪は、
いま、渡ったばかりの信号を戻り始めて
しまった。
「弥凪!?ちょっと待って……」
僕は慌てて、雨の中を一人で引き返して
いこうとする、弥凪を追いかけた。
そうして、彼女の肩に手を伸ばした。
けれど、その手が肩に届こうとした瞬間、
僕たちは、突然、黄色い光に包まれた。
それが、猛スピードで右折してきたバイク
のヘッドライトだと気付いた刹那、僕は
ありったけの声で彼女の名を呼んでいた。
「----弥凪ッ!!!!」
僕の声が聞こえたのか、聞こえなかった
のか……驚いた顔をして振り返った彼女
の腕を掴み、強く抱き締める。
と同時に、耳を刺すようなブレーキ音が
辺りに響き渡り、僕たちの体は強い衝撃に
襲われた。