「みえない僕と、きこえない君と」
-----ガシャッ!!!ガガガガ!!!
僕たちを轢いたバイクが転倒し、雨に濡れた
アスファルトの上を滑ってゆく。
吹き飛ばされた僕たちの体も、数メートル先
の歩道付近まで転がり、弥凪を抱きかかえた
ままの僕の体は、歩道の縁石に打ち付けられ、
そうして止まった。
-----それは、一瞬の出来事だった。
突然の強い光と、強い衝撃。
そして夜空に響く、凄まじいブレーキ音。
衝撃を受け弾かれた体は、成す術もなく
木の葉のようにアスファルトを転がって
しまった。
こうやって、人は命を失くしてゆく
ものなのか。
意識を取り戻す寸前、走馬灯のように
見えた頭の中の映像に恐怖を覚えながら、
僕はゆっくりと閉じていた目を開けた。
「……うっ、っ……」
全身を襲う痛みにうめき声を漏らしながら、
腕の中の弥凪を見やる。
-----弥凪は、無事だろうか?
彼女を案じて顔を覗き込めば、ちょうど意識
を取り戻した弥凪が目を開けたところだった。
その顔に傷はなく、彼女はのそりと体を起こす。
「…やな…ぎ……」
どうやら、大きな怪我はないようだ。
安堵して声を漏らした僕に、弥凪は目を
見開き、そうして、悲痛な叫び声を上げた。
「……じゅうういひぃ!!ぅあ゛――!!!」
初めて聞く恋人の声に、僕は思わず笑みを
浮かべてしまう。
-----なんだ、弥凪。喋れるじゃないか。
少し舌足らずな声で僕の名を呼びながら
涙を流す弥凪に、僕は“大丈夫”と、声に
ならない声で言って、目を細めた。
「……うわぁああ!!!」
不意に、遠くから男の叫び声がした。
バイクの運転手の声だと、すぐに気付いたが、
その声は水を弾く足音と共に遠ざかってゆく。
----そうだ、救急車を呼ばなきゃ。
----あれ?110番の方がいいのかな。
弥凪はきっと、電話で話すことが出来ない
だろう。僕は空から落ちてくる雨と、弥凪の
泣き顔を眺めながら、ポケットの中の携帯
に手を伸ばした。
----が、その手は動かなかった。
目は空を見上げたままで、急激に意識が
遠のいてしまう。すぅ、と、体温が下がって
いくのが、自分でもわかった。
「じゅういひぃ---!!やらぁ!!!」
僕は泣き叫ぶ弥凪を見、唇を動かした。
“大丈夫。泣かないで”
だって、僕は約束したのだから。
----絶対に、この手は離さない。
そう、誓ったばかりなのだから……
けれど、その言葉は彼女に届かなかった。
僕は冷たい雨に打たれながら、そのまま
真っ暗な世界に落ちていった。