最低なのに恋をした

振られました

目の前が真っ暗になるという比喩表現がある。
実際は暗くなんてなるはずがない。

それなのに瞳に写ってるであろう目の前の景色を脳が認識できていない。

目の前の人物の見ているはずなのに、見えていない。
これが「目の前が真っ暗になる」ということなんだ。
私、安西美月はボーッと目の前にいる人物を眺めていた。

今なんて?
びっくりしすぎて言葉も出ない。

目の前の人物は面倒くさそうに大きな溜息をついた。

「だからさ、彼女と結婚するからもう連絡してこないで」

“彼女”とは?
あなたの彼女は私ではなかったのだろうか。

「おい、聞いてんのかよ。」

私が彼氏だと思っていた遠田がイライラし始めてるのを感じたが、私は声がでなかった。

ここは平日の全国展開しているチェーン店のカフェで、周りはスーツ姿の男性やオフィスカジュアルに身を包んだ女性で混雑していた。

そんな場所で別れ話をしているなんて。朝起きたときには想像もしなかった。

「おい」

遠田はさらに大きな声を出し、カフェの中に響き一瞬静まりかえった。

ハッと意識が徐々に戻ってくるのを感じ、何か話さなければと口を開いた。

何を話せばいい?口を開けたものの言葉が出ず固まってしまった。

辺りはザワつきが戻り、私は頭の中で今起こってることを整理し始める。

別れを切り出された。
しかも“彼女”と結婚するから、と。

「わ、私は彼女じゃなかった?」

やっとの思いで頭の中に浮かんだ疑問をぶつけてみた。

遠田は悪びれた様子もなくフッと鼻で笑った。

「そうだな」

ジッと遠田を見た。

「付き合ってって言われた気がする」
「言ったっけ?」
「好きって言われた気がする」
「あー、人間としてな」
「私の家によく泊まってた」
「終電逃した時にな」
「嘘だったんだ」
「嘘って何が?覚えてねえよ」

覚えてねえよ、か…

私の頭の中で沸き始めていた怒りを、相手にぶつける方法はないか。
手がカタカタと震えている。

「もう、わかっただろ。じゃ」

遠田が席を立ち私の横を通り過ぎようとした。
その時、咄嗟に震える手で遠田のジャケットの裾を掴んだ。

「なんだよ、邪魔」

私を払い除ける勢いのついたその手私の顔に当たってしまった。

痛い、と思った。

少し体勢を崩してしまったが椅子に座っていたので転ばなかった。

頭の上で舌打ちが聞こえ、足音が遠ざかっていく。
辺りのザワザワは私達の場違いなやり取りからなのか、いつものザワザワなのか判断できない。

なんだったんだらう、今の。
私は振られた?ということだよね。
というか、都合のいい女というやつだったのか。

頬が痛い。
私は俯き、そんなことを考えていた。

「これ、どうぞ」

目の前に白いおしぼりが差し出され、顔を上げるた。
私の向かいの席にはスーツを着た見知らぬ男性が座っていた。

「これは?」

おしぼりに視線を移してからジッと男性を見た。
男性はニコッとビジネス用とでもいうべき笑顔を私に向けた。

「ほっぺ、赤くなっていますよ」

男性に言われて自分の痛みを感じる方の頬に手を当てた。
若干、熱を持っていた。

「すみません、隣の席だったもので全部聞こえました。これ、店員さんに冷たいおしぼりお願いしたものなので」

男性の持つおしぼりが、私の頬を押さえていた手にちょんと当たった。

「冷たい」

ひんやりして、熱を持っていた頬に当てたら気持ちよさそうだと思った。

「ありがとう…ございます」

おしぼりを受け取り頬に当てた。
熱がすうっと引いていくような気持ちよさを感じた。

「最低な男でしたね。それでは、僕はこれで」

男性はスッと立ち上がり、テーブルの上の伝票を手に取った。

「それ、うちのテーブルの」
私は伝票を掴もうと腕を伸ばした。

すると、伝票を持っていない手で私の伸ばした手を掴んだ。

「気にしないで。あなたが早く元気になりますように」

そう言い残して男性はレジに向かって歩いて行った。

キレイな顔してたな、とその後ろ姿を見送りながら冷静に考えていた。

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