最低なのに恋をした
「お見合いを受けるかどうかだけでも教えてよ」

なかなか引き下がらない専務に私は疲れてきた。
「嫌です。教えません」

なぜか話したくなかった。
私はゆっくり専務の顔を見る。
「帰りますので」

専務に向かって頭を下げた。

「送るよ」
そういうと専務はまだ私の手首を掴む。

「1人で帰れます。まだ早いですし」
時計は22時を過ぎたところだ。早いというほど早くはないが地下鉄はまだ走っている。

私の住むマンションはこのお店の最寄駅から地下鉄で二駅先だ。徒歩で帰るには遠いがそこまで遠くはない。

「俺がもう少し一緒にいたい」

お酒が入った専務は色気が漏れ始めている、気がする。
こんな甘い言葉に惑わされてはいけない。

そう冷静さを手放さないようにグッと体に力を入れる。

美月、イケメン色気に絆されるな。
この男は女性にお酒をかけられるほどの最低男だ。そう自分自身に言い聞かせる。

「私は専務の秘書ですが彼女ではありません。そういうことは彼女にお願いしてください」

「彼女、いないし」

「彼女は。ですよね。彼女、は。」

“は”という一文字も強調する。

彼女はいない。都合の良い時に側にいる女性はいるだろう。

秘書の目に触れずに上手く遊んでいるに違いない。それこそプライベート。私が踏み込むつもりはない。

「専務、明日は9時から会議です。専務のマンションはこの近くですよね。私を送ったら帰りが遅くなります。それでは私は帰ります。失礼します」

淡々と冷静に、私の秘書としての考えを伝える。専務はまだ私の手首を掴んでいたけど、離れようと引っ張ったら簡単にほどけた。

「それじゃあ、せめてタクシーで帰って」
専務は財布からお金を出そうとした。

「お金、いりません。でも…そうですね。タクシーで帰ります」

ここで専務と話していると時間がどんどん過ぎてしまう。明日の事を考えると確かにタクシーで帰りたい。

そこでふと“お金のこと”を思い出した。

「あの、お嫌かもしれませんがこのお店のお金、私に支払わせてください」

「え?」

専務がビックリした顔をした。

「あの、以前クリーニング代としてお金をお預かりしたままになっていましたので」

そうなのだ。初めて会ったあの日。私の前に置かれた10000万円札。数えてみたらなぜか3枚もあったのだ。

再開してから返したくても、きっと受け取らないだろうし失礼にあたるだろう。

どうしようかと困っていたのだ。今思い出してよかった。

「本当はそのままお返ししたいんですけど…きっと専務はお受け取りになりませんよね。なので、このお店で私と会った時はここの飲食代を私に支払わせて下さい」
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