最低なのに恋をした

努力の人

お見合いの話が我が家に届いてから、初顔合わせとなる今日。

スケジュールの確認をした後、専務と話をする時間を作って欲しいとお願いをするつもりだ。

トントン、専務室をノックしドアノブに手をかける。中からの返事を待つ。
いつもはすぐ返事があるのに今日はない。

専務は出勤してきているはずなのにおかしい。

もう一度トントンとノックする。
「専務、おはようございます」
扉を開けずに声をかける。
返事はない。

もう一度トントンとノックをし中の反応を待つ。物音一つしないのも気になる。
専務室に入って行ったのを見ていたので、いるはずなのに。

「専務、開けますよ」
少し大きに声をかけ、ドアノブを開ける。

私は恐る恐る中に入り、室内を見渡す。
シーンとした中、机に突っ伏した専務が目に入った。

え?寝てる?

専務はどんなに忙しくても専務室で寝ているところを見たことがない。

「専務?」

近づいて顔を覗き込む。少し赤いような気がして、首筋を触れてみた。熱かった。これは熱があるのでは?

「専務?大丈夫ですか?専務?」

体を揺らさないように、でもこの姿勢はつらいだろう。

「あ、安西さん」

小さな声が聞こえ、専務が顔を上げる。

「専務、失礼します」

顔を上げた専務のおでこに手を当てる。
熱い、かなり熱い。

「熱があります。病院に行きますよ。準備をするのでお待ちください」

秘書室室長に連絡し、かかりつけ医に連れて行く段取りを頭の中で組み立てていく。
今日のスケジュールを別日に調整するのも並行しなければいけない。

「安西さん、ちょっと休めば大丈夫だよ」
弱々しい声が聞こえる。言葉と声が合っていない。

「私が来たことにも気づかなかったくらい体調が悪いんですよ。今日は休んでください。調整しますから。それが私の仕事ですので」

「でも、今は休めないよ」

専務は仕事に穴を開けたくないのだろう。それはよくわかる。

「何を言ってるんですか。その熱が感染症だった場合、周りに迷惑をかけますよ。なので、しっかり休んで早く治す事を考えてください」

有無を言わさないぞ、という気持ちを込めて強めに言う。

「安西さん…」

専務の顔見るからに具合が悪そうだ。いつから?もしかしたらここ数日体調が悪かったのかもしれない。
秘書としての専務の体調の変化に気づけなかった事が悔しい。

その後、専務を室長と一緒に病院へ連れて行った。受診中に今日のスケジュールの調整をする。

「過労だって」
室長が私に声をかける。

「過労ですか。室長、専務の体調に気がつがず申し訳ありません」

「安西さんは悪くないよ。最近忙しかったしね」

室長が優しく笑う。
年齢不詳の室長は人をよく見ている。
噂では専務の子供時代を知っているらしい。

「専務は?」

「点滴打ってるよ。2時間くらいかかるかな。私は会社に戻るから。点滴が終わったらタクシーで専務のマンションまで送ってもらえるか」

「承知いたしました」

「今日はそのまま専務が無理しないように監視して。直帰でいいから」

「監視ですか?看病ではなく?」

室長が頷く。

「そう、監視。専務は社長の息子っていうことで良く思っていない役員もいるから。足を引っ張ろうとする者もいるしね。それを意識しすぎて無理したんだろうね」

それは噂で聞いていた。「息子だから」「努力もしないで」などなど。嫉妬がすごい。

「とにかく、今日一日だけでもゆっくり休ませて早く治す事。安西さん、宜しくね」

室長は専務の味方なのだろう。
心配していることが表情から伝わってくる。

「承知しました。監視に徹します」

スケジュールの調整がついた事を報告し、室長を見送った。
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