最低なのに恋をした
点滴が終わる頃には専務は自力で歩けるようになっていた。

熱は38.5度とまだまだ高い。

タクシーで専務のマンションまで向かう。
専務はしんどいのか何も言わない。窓側に寄りかかり目を閉じている。

専務のマンションは病院からタクシーで20分ほどかかる。少しでも眠ってほしい。

私はマンションに着いてからの事を頭の中でシュミレーションする。

経口補水液やゼリーにプリンなど熱があっても食べやすい物は買っておいた。

処方された解熱剤を飲むには何か食べた方がいいはずと、うどんも買ってみたがキッチンを使わせてもらうことができるかを確認しなければいけない。

普段の専務の部屋の掃除や食事は、佐田家のベテラン家政婦の吉田さんが週に2日間通ってこなしていると聞いている。

遊びの女性が出入りしているかまでは把握していない。

どこに住んでいるかは知っていても、マンションの中に入るのは初めてだ。

あれこれ考えている間に、タクシーがマンションの前についた。
駅前のタワーマンションの最上階。

「専務、着きました」

声をかけると専務は目を開けた。
「悪いね」
専務は力無く、でも苦しそうではあるが笑ってみせる。

「私の前では無理して笑わなくてもいいですよ」

私は先に降りて肩を貸す。
専務は素直に私の肩に寄りかかる。
でも、あまり重く感じないのは専務の気遣いなのだろう。

コンシェルジュがいる高級マンション。

普段ならテンションも爆上がり…になるのだろうけど、今日は専務の体調の事で頭がいっぱいでそれどころではない。

、専務は私に寄りかかりながらも、カードキーでセキュリティを解除していく。

最後のセキュリティを解除し、専務の部屋のドアが開く。

「専務、寝室はどちらでしょう?」

まずは専務をベッドに寝かせなければと確認する。

「1番奥」

「承知しました。私が入ってもよろしいでしょうか?」

寝室はプライベートの中でも踏み込んではいけないような気がして。でも、今は緊急事態。念のため確認する。

「うん」

専務は短く返事をする。

そんなやりとりをしているうちに寝室のドアの前に立つ。

ガチャッ。専務がドアを開けようとしないので、私が開ける。

ダークグレーのカーテンは閉められ寝室は日中とは思えないほど暗かった。

掛け布団をめくり、専務をベッドに座らせる。

「着替えますよね。準備しましょうか?」

出過ぎたマネかもしれない。ここまで歩いてくるのも、私の肩はいらなかったのではないか?と今更ながら気づく。

「そこのウォークインクローゼットにパジャマが置いてある」

専務が私の顔を見てそう言った。これは準備してということか。

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