最低なのに恋をした
「承知しました」

他人のウォークインクローゼットに足を踏み入れるのは見てはいけない物を見るような、後ろめたさを感じてしまうのは私だけだろうか。

自分から着替えを準備しようかと申し出たのに戸惑ってしまう。

ウォークインクローゼットの入口で電気をつける。中はキレイに整頓されていた。
パジャマは手前の棚に置いてありすぐにわかった。
疲れて帰ってきた時でもすぐに手に取れる位置だった。

紺色のシルクのパジャマを手に取り、ウォークインクローゼットを出た。

「専務、これでよろしいでしょうか?」 

パジャマを専務に見せる。
「うん。ありがとう」

「ここに置きますね。あと熱をもう1度測ってください。体温計はどちらに?」

パジャマを専務の隣に置く。

「体温計…」
体温計の場所を聞いたものの、専務は考え込んでしまった。

「わかりました。会社の医務室から借りてきたものがありますのでお待ちしますね」

男性の一人暮らしは体温計を常備していないかもしれないと念のため借りてきたのだ。

自分のバッグと先程買った食料の入った袋は玄関に置きっぱなしになっているため、玄関に体温計の入ったバッグを取りに行く。

その際、おでこに貼るタイプの冷えたシートと経口補水液も一緒に渡した方がいいだろうと思いつき、それらを持って専務の部屋に戻った。

「専務」

寝室に入る前に一言声をかけ、室内に目をやると専務はワイシャツを脱いでいるところだった。

「申し訳ありません」
慌てて目を逸らしドアから離れる。

着替えを用意したのだから、そりゃあ着替える。着替えるよね…
ワイシャツの前ボタンが外れ、普段は隠れている鎖骨が目に入ってしまった。

目を閉じても残像として浮かび上がるいきおいだ。

鎖骨があまりに色気を醸し出しており、鼓動が速くなる。

落ち着け、相手は専務だと冷静さを取り戻そうと深呼吸をしてみた。

「安西さん」

寝室から専務の声が聞こえハッとする。

「はい」
慌てて出した声は少し上ずってしまった。

「着替えたよ」

専務の言葉を聞き、寝室に入る。

「熱を測ってください」
体温計を渡しながら伝える。
専務はベッドに横になり、肩まで布団をかけている。
「寒いですか?」

「少し」

寒いということはまだ熱が上がるのかもしれないなと予想をたてる。

ピピピピッと体温測定完了のアラームが鳴る。

30秒で測れるタイプなのであっという間だ。

「39度…」

専務から体温計を受け取り表示を見て思わず口に出してしまった。
先程より上がってるではないか。

「解熱剤を飲む前に何か食べた方がいいと思うんですが、ゼリーは食べられますか?」

39度も熱があったら、うどんやお粥は食べたくないだろうと自分の経験からゼリーをチョイスし提案する。
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