最低なのに恋をした
「…少しなら」

「今、お待ちしますね。その前におでこに冷たいシート貼ってもよろしいですか?」

念のためお伺いを立てる。

「ん」

声が小さすぎて聞き取れなかったが、拒否している用には見えなかった。私はベッドの横に膝立ちになる。

「前髪、失礼しますね」

手際よくシートを片手に持ちもう片方の手で、専務の前髪をもちあげおでこを全開にする。

髪、ツルツルだななんてセクハラオヤジのような事を思ってしまう。

髪だけではない。肌もツヤツヤ。
イケメンはおでこを出してもイケメンだし、高熱が出ていてもイケメンなのだ。

ピタッとシートを貼り前髪から手を離す。

「ありがとう」
専務は目を細めてこちらを見る。その表情も辛そうだ。

「今、ゼリーと解熱剤をお待ちします」
経口補水液をベッド横のサイドテーブルに置き立ち上がる。

その時ふと、ベッドの横にある本棚が目に入った。隙間なく本が並んでいる。
ビジネスの本から建築の本、ホテル業界の本など多岐に渡っていた。

チラッと専務を見ると目を閉じている。今にも眠りそう、というか眠ってるかもしれない。
早くゼリーと解熱剤を持ってこなければと玄関に急いだ。

「専務」
ベッドの側に膝立ちになり、ゼリーの上のフィルムを剥がす。
使い捨てのスプーンをもらったので、それも袋から出して準備をする。

専務は私の問いかけに静かに目を開ける。

「少し起き上がりましょう」

私の言葉に素直に応じる。

「ゼリーです」

専務にゼリーとスプーンを差し出すとそれを受け取る。触れた手が熱すぎる。
39度の熱がでているのだから仕方がない。

専務が少量を使い捨てスプーンですくい、口に持っていく。
私が選んだのはリンゴのゼリーだ。
りんごが赤くなると医者が青くなる、という諺が浮かんだという単純な理由である。

専務は半分残した。
高熱の時は食欲がなくても仕方がない。まずは休養だ。

「解熱剤と水です」
水のペットボトルギャップを緩め、1回分の解熱剤をケースから出し手渡しする。

専務がそれ受け取り口に入れる。
そして私はすぐにペットボトルの水を渡す。

ゴクゴクゴクと音を立てながら水で解熱剤を
流し込む。

薬も飲んだし、あとは寝てもらうだけ。

「それでは専務、私はリビングにいますので。何かありましたらすぐにお声がけください」

専務の顔色を確認しつつ簡潔に伝える。
青白いようで赤いように見える。

部屋の照明をつけず、廊下から部屋に入ってくる明かりが頼りのため、ハッキリとした顔色はわからない。

でも辛そうなのはわかる。

「安西さん、ありがとう。ごめんね」
そう弱々しく言ったあと専務は目を閉じた。
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