最低なのに恋をした
その後に続いて村田さんも降りる。

「専務、村田さんお疲れ様でした。村田さんは業務に戻っていただいて大丈夫です」

「はい。わかりました」
村田さんは頭を下げ、足速に入口に向かって行った。

「専務、安西さん、私もこれで」

斉藤さんは頭を下げ、車の運転席に乗り込んだ。それぞれ業務に戻るのを見届けてから、私は専務の方を向いた。

「専務、この後警察が事情を聞きたいということで。応接室でお待ちいただいております」

「わかった」
専務は見たことのないほど厳しい顔をしている。
専務の後について歩く。歩くペースがいつもより速い。私はおいていかれないように急ぐ。

エレベーターを待っているとき、専務と並ぶ。チラリ隣を見上げる。厳しい表情は崩れておらずますます険しさが増していた。

そんな表情でもキレイだなと状況に似合わないことをつい思ってしまった。

「安西さん」
専務が口を開いた。
「はい」
私は専務の言葉を待つ。

「俺さ、どれかわからないんだ」
「はい?」
「女を取られたって…どの女?」

専務はエレベーターの扉をじっと見つめながらそう言う。

「さあ…」

専務のクズ発言に驚かない自分に驚く。

「自業自得だな」

「…そう、ですね」

もっと気の利いた、たとえば『そんなことないですよ』だとか言えばいいのだろうか。
でも、そんなことはある。

「一つ言えることは、俺からは誘ってない」
専務は今度は私を見て、少し強めの口調でそう言った。

「あと、信じてもらえないかもしれないけど、今のポジションについてからは遊んでいない」

「信じますよ」

私は専務の目を見てハッキリと言う。
自分でも驚くほど自然にその言葉が出た。

専務の目が少し大きくなる。

「信じてますから。専務が過労で倒れるほど仕事に集中していたこと。秘書である私が見てました。女性の影はありませんでした」

じっと専務の目を見る。
専務の味方ですよ、そう伝えたくて。淡々と言っている風で最後の言葉に力を込める。

「安西さん、迷惑かけるけどごめんね」

厳しい表情が少し崩れた。
弱っているのかもしれない。厳しい表情はその裏返し。

「いえ。秘書ですから」

私はついていきますよ。あなたの努力を無駄にしない。

エレベーターが到着し乗り込む。
「!?」
突然専務が私の手を握った。
専務の顔を見上げ睨む。
『離して』と言おうとした時パッと手が離れた。
「充電した」

専務は力無く笑う。…そんな弱々しい表情にも女性は寄ってきますよ。

現に私の心臓はドキッとビクッとよくわからない鼓動を打ち付けている。

「そういう行動に足元をすくわれるんですよ」
私は専務の顔を見ずに少しキツめに言う。

『充電』てなに!?心臓がうるさい。不意打ちもいいところである。

私は感情が顔に出やすい。でも、自分でもわからないこの感情を顔に出すわけにはいかない。
それなのに、顔が赤くなっているかもしれない。

「安西さんにしかしないよ」

「私にもしないでください」

専務の言葉にますます顔が赤くなるのがわかった。
熱い。顔が熱い。エレベーターに乗っている間、専務の顔を見ることができなかった。

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