最低なのに恋をした
刃物男が押し入ったあの日。
警察から事情を聞かれた時、専務は困っていた。

犯人の名前や専務が「取った」とされる女性の名前を言われても「知りません」しか言えないのだ。

嘘ではない。本当に知らない。
心当たりが多過ぎて、覚えていない。
顔写真も見せられたが、見覚えがないと。

話を聞きに来た警察官も困惑していた。

社長も息子の女性関係にだらしない事は薄々気付いていたらしいけど、ここまでだとは思っていなかったらしい。

怒りと情けなさとでショックを受けていた。

私は室長と2人で応接室の端に立ち、その様子を見ていた。
感情を出すことのない室長もさすがに溜息をついていた。

「安西さん」

警察が帰った後、廊下で社長に呼び止められた。
「はい」

振り返り社長の顔を見る。
普段顔は合わせても名前を呼ばれる事はない。
緊張しながらも、専務はお父さん似なんだな、なんて事を思ってしまう。
若い頃、モテたに違いない。

「専務…海斗のことで迷惑をかけてしまい申し訳ない」

社長が突然頭を下げた。
突然のことにびっくりして慌ててしまう。

「いえ、そんな…専務の秘書として今後もサポートしていきます」

一秘書にすぎない私にまで頭を下げるなんて。社長としていうより父親としてなのかもしれない。

「安西さん、本当に申し訳ない」

「頭を上げてください。大丈夫ですから」

なかなか頭を上げようとしない社長に違和感を感じ始める。なぜここまで私に頭を下げる…?

ようやく社長が頭を上げ、私の顔を見る。

「安西さん、これからも海斗の秘書としてサポートお願いします」

「承知致しました」
私も頭を下げる。

社長の後ろ姿を見送りながら、社長に頭を下げられたからにはこれまで以上に支えなければと気合が入った。
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