最低なのに恋をした
「私の、ですか」

やばいな、顔に熱い。顔が赤くなっているに違いない。
でも隣に専務がいて、マグカップを手に持っていて。私に逃げ場がない。

「安西さん、朝食一緒に食べようよ」

「えっ」

赤くなっているであろう顔を隠したいのに。思いがけない言葉に思わず専務を見た。

「つくったらすぐ会社に行っちゃうから」

確かに、専務が食べ終わるのを見届ける事はない。
私は会社でおむすびを食べていた。専務が出勤する前に手早く食べ、ペットボトルのお茶を飲む。

専務の朝食をつくるようになってから、朝5時に起きていた。
慣れないのでまだ要領を得ていないので早めに家を出る。
朝食を摂ってから専務のマンションに通えるほどの余裕は私にはなかった。

「それはそうですね」

正直、高級コーヒーメーカーで淹れたコーヒーを飲みたい。
吉田さんに教えてもらった出汁はちょっといいお出汁だ。その出汁を使ったお味噌汁を朝飲めたら最高…

さらにもう少しゆっくりできるはずだ。

でも…私は秘書なのだ。
専務と一緒に朝食を摂る理由がない。

「あくまでも私は専務の秘書ですので」

大袈裟かもしれないが、断腸の思いだ。
秘書だけど、ここで朝食を食べたい。
美味しそうだなと思っていた。
でも、ダメなのだ。

この朝食づくりは専務の体調を整えるために申し出たのだから。

「秘書と食べても問題ないよ」

専務はピンクのマグカップをシンクに持っていき洗い始めた。

「私が」
私がやります、と言おうとしたけど言葉を引っ込める。

専務が洗い終わったマグカップにコーヒーを注ぐ。そしてそれをダイニングテーブルに置く。

「はい、時間ないよ。座って」

専務が用意してくれたマグカップ。

ここまでされたら、このまま会社に行くのは失礼…だよね?
あのコーヒーを飲むための言い訳を頭の中で考えては自分に言い聞かせる。

「はい」

正直、嬉しい。
でもその気持ちが顔に出ないように…

専務は私の返事を聞いて、お味噌汁におむすびが用意された場所に座る。

私はピンクのマグカップが置いてある専務の向かい側に座る。

「お味噌汁はもうないの?」
「ありません。専務1人分しかつくってないので」
鍋は洗ってしまってある。

「それじゃあ、明日から2人分つくってね」

「それは…」
私は渋るようなそぶりをした。素直に「はい」っていってしまいたい。

「おむすびは?」
私の渋りは無視して専務は話を進める。

「おむすびはあります」

先程は渋るそぶりをしたのに、おむすびの有無は素直に答えてしまった。

「持ってきて」

専務は私を急かす。時計をチラッとみる。
もう会社で食べるには厳しい時間になってきた。

もう、素直になろう。

「すみません、一緒に食べさせて下さい」

専務の表情が格段に明るくなる。
「うん」

結局私は、自分用のおむすびを専務の向かいで食べた。

高級コーヒーメーカーで淹れたコーヒーは私の持っているコーヒーメーカーの何倍も美味しかった。




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