最低なのに恋をした
兄のお店は金曜日ということもあって混んでいた。
お店に行く前に連絡をし席を確保してもらったが、テーブル席は空いておらず、私の専務はカウンター席に座る。

「美月」
目の前には兄が立っている。席に案内してくれた従業員が呼んできてくれたのだろう。

「お兄ちゃん、久しぶり。最近忙しくて。お願いしていた料理、できそう?」

席の確保と合わせて、料理のリクエストもしていた。
なるべく野菜多めの料理にしてほしいと伝えていたのだ。

「温サラダとボロネーゼとオニオンスープ」

兄なりに考えてくれたのだろう。
「いいね!ボロネーゼ、専務のお肉多めで」

「おう。飲み物は?」
兄に聞かれ、専務を見る。

「専務、何飲みます?」

「お兄さんのおすすめで。料理に合うもので」

「…かしこまりました」

兄はムッとしている。お客様に対しての表情ではない。しかも私の上司なのに。

「私はビールで」
「ん」
兄はこちらを見る。そして目で合図を送るように視線を動かした。

厨房へ来いってこだろうか。

兄は専務にお辞儀をし厨房は入って行った。

「専務、ちょっと先外しますね」

専務に声をかけ、私は従業員が出入りする扉から中は入り厨房に顔を出した。

「お兄ちゃん?」
兄は私を待ち構えていた。

「どういうことだ」
兄は厳しい顔で私を見ている。
「なんのこと?」
私は考えるが何を言われているのかわからない。

「アイツだ。なんで一緒に」

「ああ、専務ね。前に話したでしょ。クリーニング代を多めにもらっちゃったから」

兄は専務が女性にだらしない奴、ってイメージだから。まあ、間違いではない。

「…お見合いはなくなっただろ」

少し間をおいて、兄は私にそう言った。

お見合い?お見合い!?お見合い!!!

ハッとして兄の顔を見る。
目も口も見開いてしまったのがわかる。

「お見合い、忘れてた…」

専務に確認をしようとした。その後すぐに専務が体調を崩したり、刃物男の件がおこりそれどころではなくなったのだ。

専務からも社長からも何も言われなかった。
だから、思い出すキッカケがなかった。
…というのは言い訳だ。

「お前がアイツに話したんじゃなかったのか」

兄は困惑の表情を浮かべている。

「話してない。それどころじゃなくて。すっかり忘れてた」

「先方から向こうの事情で断りの連絡がきた。かなり謝罪されたって親父が言ってた」

断り?兄の顔をじっと見る。なんかモヤモヤしてしまう。

「なんか、困ってはいたけど…それはなんか。私何も聞いてない」

私のことなのに、私の知らないところで話が勝手に進んで、誰も何も言ってこないのは、面白くない。
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