最低なのに恋をした
「秘書として、でしょうか」

折角冷静さを取り戻しつつあったのに、また頭の中がフワフワしてきた。

顔も赤くなっているだろう。でもそれはアルコールのせいにしてしまおうか。

「女性として」

隣からの視線を感じるからこそ、専務の方を向けずにいる。

「何飲む?」

私が黙ったままでいると、飲み物の注文をさりげなく促してきた。

「甘めのカクテルで」
カウンターにいる従業員の顔を見てリクエストする。

この従業員はここに勤めてそこそこ長い。私の好みも知っているので私の今の気持ちのカクテルを選んでくれるに違いない。

さっきまで烏龍茶を頼みたかったのに。
ストレートすぎる、でも本気なのかわからない告白にやっぱり飲まずにはいられない。

専務も何やらウイスキーの何とかって注文していたけど、それすら耳に入ってこない。

時間が経つほどに、先程の専務の告白は夢だったのではないかとぼんやりしてしまう。

「安西さん?」

専務がこちらを覗き込んできた。

「専務、酔ってます?」

酔ってるのはお前だ、と自分にツッコミたくなる。

「ちょっと酔ってるかも」

ヘラッと笑う専務は仕事の時に見せる表情でも、女性が寄ってくるあの表情でもなくただただ無防備だった。

「酔っ払いでも言っていい冗談と悪い冗談がありますよ」

ドキドキ、ドキドキ私の心臓がずっと音を立てっぱなしなのだ。

「冗談じゃないよ」

相変わらずヘラヘラ笑いだ。

「お見合いってなんだったんですか」

私の疑問を投げかけた。
私は酔っている。酔いを理由に、思った事を聞いてしまおうと思った。
明日覚えていられるかわからないけど。

「安西さんにお見合いの話が来てるって聞いたから」

「それがどうして?」
お見合いを申し込むことになるの?

私はジッと専務をみる。
顔が熱いなと思う。赤くなってると思う。でも、全てアルコールのせい。

「上司の俺が秘書の安西さんに迫ったら、パワハラとかセクハラに取られるでしょ」

「は?」

「交際を強要、みたいなさ。コンプライアンスに引っかかる」

「はぁ」

確かに、でもそれは上司の権力を振りかざして交際を迫ったらとかではないのだろうか。

それでお見合いを申し込むのは不器用すぎる。

「俺、自分から付き合いたいなって思ったの安西さんが初めてなんだよね」

これまでは女性か寄ってきたからという事だろう。
最低発言であるはずなのに、ドキッと心臓が高鳴るし嬉しいと思ってしまった。
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