最低なのに恋をした
「ありがとうございます」

ダイニングテーブルには既に2人分の食事が並んでいた。

ハムエッグとレタス、トーストにバターが添えてある。
そしてピンクのマグカップには注がれたコーヒーはとてもいい香りを辺りに振り撒いている。

「専務がつくったんです…よね」

思わず“つくったんですか?”と聞きそうになり不自然な話し方になってしまう。

専務はクスッと優しく笑い、得意げな顔をした。
「俺もつくれるから」

その得意げな顔に、今度は私が笑顔になった。

会社では見せない無邪気な表情にドキッとすると同時にジワっと温かいもので心が満たされていく。

「ありがとうございます」

お礼を言い、2人でそれぞれ椅子に座る。

自然と目が合い2人で笑ってしまった。
それがあまりにも普通でほんの少し、秘書である自分が戸惑ってしまう感情だった。

「いただきます」と手を合わせ、食べ始めた時だった。

「昨日の」

不意に専務が口を開いた。

「はい」

鼓動が早く打ち始める。
“昨日の”というのは私と話したアレコレ。

コーヒーを一口飲み鼓動を落ち着かせようとした。

「なんで私なんですか、の答え」

専務に問いかけたこと。
私の疑問。

目を逸らしたい衝動に駆られるけれど、それは失礼だろうと伏せずに専務をじっと見つめる。

「はい…」
私は声を絞り出す。

「キレイだなって思ったんだ」

専務は静かにそう言い切った。

「昼時のカフェで酷いこと言われてるのに、取り乱すことなく凛としていた横顔がすごくキレイで」

元彼に振られたあの日の私の事をいっているのだろうけれど、“キレイ”かどうかは私にはわからない。

「普段、自分から知らない女性に声をかけることはないんだけど、気づいたら話しかけてた」
 
私の目を見つめるその切長の目は、甘いようで、でも鋭い。もし動物なら食べられてしまいそうだ。

「その後も気になって。またあの横顔が見たいと思っていたらそれが叶ったんだ」

兄のバーでの再会のことだろう。
でもあの時専務は別の女性といた。

「安西さんに会いたくて、兄さんのお店にも通ったけど会えなくてね」

以前もそのように話してたっけ。

「だから自分の秘書として再会できたのは運命だと思った」

“運命”という言葉に先程から鳴り続いている胸の鼓動がますます激しくなる。
そんな事を思われてるとは思わなかった。

「仕事も完璧。それなのに感情がすぐ顔に出ちゃうところ。それを必死に取り繕うとするところ」

専務は一呼吸おいてまた口を開いた。

「そして俺の味方でいてくれるところ」

「え…?」

“味方”って…私は専務に直接伝えたことは無いはず。

「室長に『専務の味方ですか?』って聞いてくれたんだってね」

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