最低なのに恋をした

信じたい

「海斗」
何度も叫ぶその声はビルの最上階まで聞こえるのではないかというほどだった。

ロビーで刃物を振り回した女は到着した警察に引き渡された。警察が到着してからも興奮状態が続き、叫ぶ言葉は”海斗”という
言葉以外は支離滅裂だった。

私はというと、警察署で事情を聞かれていた。
女性警察官に私は自分でもびっくりするほど小さい弱々しい声しかでなかった。

会社を出たところで名前を呼び止められたこと。
危険を感じ会社に逃げ込んだこと。
刃物をみて動けなくなったこと。

女性警察官に「迎えに来てくれる方はいますか?」と聞かれた時、自分の体が小刻みに震えているのに気がついた。

「迎え…」
今になってあのときの恐怖心が蘇ってくる。「兄が来てくれると思います」静かにそう伝えた。


専務が無事でよかった。
あのときは自分のことより専務を危険にさらしてはいけないということで頭がいっぱいだった。
専務をあの場から避難させなければ。
でも、専務は私の前に立ち女と向き合った。

専務の口から出た言葉は最低だった。
女が自分を”彼女”と思い込んでしまうくらいの関係を持っていたのかもしれない。
だけど専務にとってはその他大勢の遊び相手であっても、女にしてみたら”彼氏”だった。

本当に最低だ。
そのせいで私は狙われた。

それなのに、嫌いになれないのだ。
まだ冷静に考えられないからなのか、自分は専務の特別なのだと知らず知らずのうちにマウントをとってしまっているのか。

軽蔑は、する。
覚えていないということは同時進行が何人もいたということだろうし、1夜限りというのも多かったと予想できる。
女の敵、どころの話ではない。

それなのに、専務の顔が見たいと震えながらも思ってしまうのだ。
仕事に真剣な表情も、私に向ける甘い表情も。信じたい。

ダメな男に引っかかる馬鹿な女だな、私は。

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