天敵御曹司は純真秘書に独占欲を刻み込む~一夜からはじまる契約結婚~
「佐知」
さっきまでとは違う、最近私を呼んでくれる優しい声音にそろそろと顔を上げた。
きっと私は涙がたまっていると思う。龍一郎さんの辛い時期を考えたこと、無神経なことを聞いてしまったこと、色々な感情が入り混じる。
そんな私に、龍一郎さんは少し困った表情をした後、少し立ち上がるとテーブル越しに私に向かって手を伸ばし頬に触れる。
「佐知がそんな顔をしなくていいから」
「でも……。無神経なことを……」
そんな私に、龍一郎さんは笑みを浮かべてくれる。絶対に会社でも他人にも見せることのないその表情が嬉しい。
「今は佐知がいる。こうして温かい料理を作ってくれてありがとう」
素直に伝えてくれた言葉に、私は溜まっていた涙が零れ落ちた。
「なんで泣くんだよ?」
更に困った顔の龍一郎さんが新鮮で、なぜか嬉しくて私は泣き笑いを浮かべた。
「今は嬉しかったんです」
そう伝えれば、龍一郎さんは「そうか」とだけ言って私の涙を拭ってくれた。
その日の夢はなぜか少し切なくて、でも最後は温かい気持ちになれた気がした。