仮面の貴公子は不器用令嬢に愛を乞う
馬車の待つ停留所に行くこともなく、住まいがどこなのかも聞かないまま薔薇の君は迷うことなく歩き進む。
ゆっくりとフローラの歩調に合わせて歩いてくれたおかげでフローラも落ち着いてきた。
でも、薔薇の君に話しかけてよいものだかわからずに黙ったまま。
薔薇の君も何も言わずただ気遣うように時折フローラを見ては目を細めていた。
そして着いたのは皇帝の住まう後宮。
完全に正体がばれているのだと悟ったフローラは薔薇の君に向き直ると口を開いた。
「ゆ……」
「明日、迎えに来ます。その時に改めて」
フローラの言葉を遮り、真剣な面持ちで薔薇の君は言うとじっと見つめてきた。
今は何も言うなと言われてるみたいでフローラははいと素直に頷く。
「ユリシス」
「はい」
「今宵あなたと会えてよかった」
「私もです。薔薇の君」
仮面の奥でふっと笑った薔薇の君はフローラの手にキスを落とし帰っていった。
その行為にドキドキと胸を高鳴らせ後ろ姿が見えなくなるまで見送ったフローラはほうっと深い深いため息をついた。


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