仮面の貴公子は不器用令嬢に愛を乞う
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カリカリとペンを進めていたはずの左手が止まっていた。
仕事をしているうちになぜか昔の辛い思い出が頭を駆け巡った。
あのときのことはたまに夢でうなされることもあったが、こんな仕事中に思い出すことなんてなかった。
ユーリスは右肘を着くとその手で仮面を抑え深くため息をついた。
そこにどこかへ行っていた皇帝が宰相を伴い執務室に戻って来た。
「ユーリス、昨日は自宅へ帰っていないそうだな?婚約者が泊まっているというのに何をやってるんだ」
せっかくよさそうな令嬢を見つけてやったのにと皇帝はぶつくさと文句を言う。
それが余計なお世話なんだと心で思いながらユーリスは澄ました顔をした。
「だれかが働いてくれないので仕事が溜まっているんですよ。余計なことに頭を悩ませてないで政に精を出してください」
文句を言い返せば、皇帝はしらっとした顔で自分の席に座り聞いてないふりをするものだからユーリスはムッとして皇帝の執務机の前に立った。
そしてちょうど休憩時間に用意されていたお菓子を食べようとする皇帝の手よりも先に、お菓子をかっさらいぱくりと食べた。
「ああ!私のおやつを!」
「お菓子など食べてる場合じゃないでしょう?怠けてばかりで使えない人ですね。それでも皇帝ですか?」
ふんと鼻を鳴らし、ユーリスはもう一つあったお菓子も口の中に放り込む。
ああ~と子どものように残念そうな顔をした皇帝が文句を言う。
「相変わらず容赦ないな、少しぐらい休憩してもいいだろう」
「そんなに休みたかったら馬車馬のように働いてからにしてください。ほらほらこんなに書状が溜まってますよ」
ぴらぴらと分厚い書状を見せびらかされてばつの悪い皇帝。
「これでも頑張ってるんだけどお?」
これでもジェイドは歴代きっての名君と言われているはずなのだが。