仮面の貴公子は不器用令嬢に愛を乞う
「フローラさま」
マリアの呼びかに振り向くと、その手にはフローラが毎日頑張って刺繍したハンカチがあった。たくさん練習した刺繍の数々は捨ててほしいと頼みひとつも持っていくつもりはなかった。
「苦手な刺繍を毎日よく頑張りましたね。最近の物は売り物と遜色ないくらいお上手になられました」
「ありがとう。教えてくれたマリアのおかげよ」
もちろんお世辞だ、まだまだへたくそな出来だとわかっている。
それでも優しいマリアの言葉はフローラの心を少しだけ明るくしてくれた。努力の結晶ともいえるハンカチを受け取りそっと刺繍を撫でる。
「上手にできた刺繍をユーリスさまにお渡ししたかったわ」
小さくつぶやいたフローラの頬に涙が伝った。
「フローラさま、宮殿におられるお父上の許に行かれますよね?」
「ええ、お父さまも宮殿に滞在する理由がなくなりますから一緒に地元に帰ると思います。皇帝陛下にもお暇のご挨拶をしなければ。ユーリスさまをよろしく頼むと言われていたのにこんなことになってしまって、ううっ、申し訳が立ちません」
さめざめと泣くフローラは早速渡されたハンカチで涙を拭った。
悲しそうに見守るマリアやみんな。
ベリルがそっと馬車の戸を閉めるときにフローラは声をかけた。
「ベリルさん今までありがとうございました」
「こちらこそ、フローラさまが来てくださって屋敷が明るくなりました。帰られては寂しくなります。どうかお元気で」
「ベリルさんも」
ドアは閉められ馬車が走り出す。
フローラは窓から顔を出し涙を流して大きく手を振った。
「みなさんありがとう!お元気で!」

手を振り返すベリルたち。
(どうか、皇帝陛下が上手くとりなしてくれればよいのだが)
あの頑ななユーリスをどうにかできるのはもう皇帝陛下しかいない。
最後の綱だと先に宮殿に手紙を送ったベリルは祈る思いで馬車を見送った。




< 83 / 202 >

この作品をシェア

pagetop