仮面の貴公子は不器用令嬢に愛を乞う

「フローラさま、お元気でしょうか?」
「そうね、お元気だといいけど」
「フローラさまは使用人の私たちにも気軽に挨拶してくれて優しくしてもらいました。あの笑顔に会えないのが寂しくてたまりません」
「私、刺繍を頑張っている姿に励まされてたんです。あんなに苦手なのと言っていたのに、だんだん綺麗になっていく刺繍を見ると、私も苦手なことがあっても頑張ろうって思えました」
「私もよ。フローラさまはほんとに一生懸命に刺繍を頑張っておられて、ほら、このドイリーもとても上手にできてるでしょう?」
「ええ、沢山ありましたものね」
「捨ててほしいと言われたけど、とてももったいなくて、実は至るところに使っているのよ」
「わ!やっぱり!そうじゃないかなと思ってたんです」
楽しそうに会話する使用人たちとマリアの声に、食堂に入ろうとしたユーリスはドアの影で立ち聞きするような形になってしまった。
「フローラさまに会いたいなあ」
「戻ってきてほしいわね」

「ユーリスさま、どうされたのです?」
「いや、なんでもない」
後ろからベリルに声をかけられ、ユーリスは何事もなかったように食堂に入った。
ユーリスの入室により口を噤んだ使用人たち。
フローラを追い出したユーリスに本当はフローラに会いたいと訴えたいたいだろうに何も言わない皆に身につまされる思いがした。
家の者全員が同じように思っているのだろう。フローラに会いたい、戻ってきてほしいと。
「私も……」
ひとり呟きかけたユーリスはそう思うのは許されないのだと口を閉した。

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