きみと真夜中をぬけて




「なあ、蘭」




話し終えて しばしの沈黙のあと、綺が呼んだ。

とても優しく、穏やかな声色だった。



オレンジ色の空を見上げた綺の横顔は、初めて見た時と変わらず美しい造形をしていた。目は合わせないまま、綺は形の良い唇をゆっくりと動かす。

どこか物憂げな表情に、どくりと心臓が脈を打った。




「過去と向き合うって、すげー気力がいることだから。自分の人生、そりゃみんなラクして生きたいって思うよ。楽しいことだけしてたいし、やなこと全部忘れてヘラヘラ笑ってたい。でもさ、逃げても逃げても、過去の自分は切り離せないんだ」

「……うん」

「だから、蘭は凄いよ。すごいし、えらい。過去と向き合おうとした、頑張ったよ、すげーよ、天才だ。なあ、蘭。蘭は、逃げることも向き合うことも知ってる。やべーよ、どうする?」




「どうするもこうするもないかもだけどさ」と綺が笑う。つられて私も笑い、それから泣いた。


グイッと親指で少々乱暴に涙を拭われ、皮膚が擦れる。「痛い」と言えば、「ハンカチ忘れたんだよごめん」と笑われた。


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